アスベスト問題
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ドイツ再統一(1990年10月)の直前、共和国宮殿の内部に大量のアスベストが使われていることが分かったため、人民議会の決定で1990年9月19日から宮殿は一般の立ち入りが禁止されることになった。2003年までにアスベストのすべて、および内装は除去されて取り壊しができる状態となった。 がらんどうの建物は2003年夏から一般に公開されたが、建築家や演劇人などからなる圧力団体「中間宮殿使用登録団体」が政府に対して取り壊しまでの間、文化イベントのために自由に使わせるよう運動を起こし、2004年春からは様々なプロジェクトや展覧会が開催され多数の観客を集めた。現代美術展、中国の兵馬俑展、建築と都市に関するシンポジウム、アインシュテュルツェンデ・ノイバウテンのライブなどがその一部である。 華やかだったロビーの内装もすべて撤去された。2005年 内装を取り払われた大ホール 2003年、アスベストや内装が除去され一般に公開された建物内部 共和国宮殿(2004年)。臨時の文化イベント会場として使用されていた
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アスベスト問題
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「広島県立広島井口高等学校」の記事における「アスベスト問題」の解説
2006年に行われた専門業者によるアスベスト含有濃度測定調査の結果、井口高校施設の吹き付け材の一部に含有が認められた。
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