橋杭図鐔
出羽国庄内―武蔵国江戸 江戸中期 鉄石目地竪丸形高彫布目象嵌 縦七八ミリ横七六ミリ 切羽台厚さ四・八ミリ 上製落込桐箱入 附 鑑定書(安族) |
鈴木安族(やすつぐ)は土屋安親の門人で、後に安親が用いていた弥五八の通称を受け継ぎ、郷里の庄内に住したことから、安親の良き協力者であったとも考えられている。この鐔は、いかなる場面に取材したものか、江戸時代中期という背景においては古奈良風の創造的な構成で意匠に優れている。地鉄の表面は粗い石目地仕上げとされ、鋤下彫の手法を用いて主題を陽に生かし、さらに周囲を透かして波にもまれる材木を鮮明に描き出している。太の文字が金の象嵌で所々に施されているところにこの場面解明への糸口がありそうである。同時代の風俗を伝えて興味一入である。因みに、奈良時代に都で用いられた材木は、近江国の太神山(田上山)から切り出された材木を、川流しの方法で運んだと言われている。「太」の金文字も材木の産地を意味するのであろうか。 |

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