ジュネーブ協定
【英】: geneva agreement
1971 年 2 月 14 日調印されたテヘラン協定により、OPEC 加盟のペルシア湾岸 6 カ国は、OPEC 創設以来の悲願であった原油公示価格の引き上げに成功したが、同年 8 月 15 日のニクソン声明以来の国際通貨変動に伴い、OPEC の 9 月の第 25 回総会でドル減価による購買力低下を補償するために必要な行動をとることを決議した。しかし変動相場制の下での産油国の実質損失の算出が難しく、本格的な交渉は 12 月 19 日ワシントンにおける先進 10 カ国の蔵相会議において各国通貨の対金・対ドル新レートが決定された後、1972 年 1 月 10 日ジュネーブにおいて、OPEC 加盟ペルシア湾岸 6 カ国と石油会社側との間で開始された。10 日間にわたる折衝の結果妥結した協定がジュネーブ協定と呼ばれるもので、イラン、イラク、クウェート、サウジアラビア、カタール、アブダビのペルシア湾岸並びにパイプラインにより地中海岸から出荷される原油の公示価格を 1972 年 1 月 20 日から 8.49 %引き上げることを取り決めたものである。この協定はまた、その後の通貨変動に対して四半期ごとに見直しを行い、一定計算式によって公示価格を調整することを規定していたが、1973 年 2 月に第二次のドル切下げ(10 %)が実施されるに及んで、OPEC はジュネーブ協定の方式による調整では実質的な石油収入の損失をカバーしきれないとしてジュネーブ協定の更改を主張し、石油会社側代表と再交渉した。その結果、同年 6 月 1 日補足協定として新ジュネーブ協定の発効をみた。 |

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