お丸山公園
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/03/31 07:59 UTC 版)
廃城後の城跡は喜連川町(当時)によってお丸山公園として整備され、喜連川地区のシンボルとして観光拠点となっていた。城の遺構としては一の堀、二の堀、三の堀、四の堀の空堀や、土塁などが残されていた。 公園の敷地や斜面には300本の桜、フィールドアスレチック、文学の道があり、春は花見の名所となっていた。山頂には高さ49.5メートルの喜連川スカイタワーがあり、栃木県北部の山々などの景観を見渡すことができた。タワーは公園のシンボルでもあり、気象条件によっては富士山を見ることもできたという。城址周辺の一帯は喜連川温泉となっており、お丸山の山頂にも温泉施設「老人福祉センター 喜連川城」があった。市街地から山頂へのアクセス手段としては、日本初を公称する、延長168.5メートルの大型斜行エレベーター「シャトルエレベーター」が設置されていた。 2011年3月11日には東日本大震災による被災で敷地内に700メートルにわたる大規模な亀裂が生じたほか、公園内の各種施設が損壊したため、周辺への避難勧告が出され、お丸山公園への立ち入りも禁止された。復旧の完了が2年後の2013年3月の見込みであるとされる中、震災から半年後の2011年9月22日には平成23年台風第15号による風雨で土塁が幅70メートル、長さ約140メートルの土砂崩れが発生し、民家を巻き込む被害が生じた。こうした中で公園自体の存廃も議論の争点となった。 2013年3月には土地部分の復旧工事が終了したが損傷が激しく、復旧にあたり多額の費用計上を必要とするスカイタワーなどの施設は再開の見通しが立たされていない。
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