おわら保存会と川崎順二
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「越中おわら節」の記事における「おわら保存会と川崎順二」の解説
1929年(昭和4年)8月、「越中八尾民謡おわら保存会(現 富山県民謡越中八尾おわら保存会)」が設立された。初代会長には大正時代後期、廃れかけていた風の盆を憂い、東京などより歌人、詩人、音楽家、画家など上記の文人たちを招き唄を詠んでもらったり、若柳吉三郎を招き新踊りの振付けをしてもらい踊りの育成に力を注ぎ、各地のおわらの公演に奔走するなど、私財を投げ打ち、おわらの再興、保存育成に力を注いだ東町の医師で、おわら中興の祖と呼ばれる川崎順二であった。これを記念し小冊子「越中八尾おわらぶし」を配布したが、2009年(平成21年)設立80周年を記念して復刻版が発行された。なお東町にあった川崎の生家並びに病院痕地は現在「八尾おわら資料館」となっているほか、越中八尾観光会館(曳山展示館)前広場には川崎の銅像(立像)が建つ。また保存会は1995年(平成7年)5月26日に、地域伝統芸能活用センターより地域伝統芸能大賞を、2004年(平成16年)には、サントリー文化財団より「サントリー地域文化賞」を受賞している。
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