「永遠の二番手」返上、世界の頂点へ
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「シュテファン・エバーハーター」の記事における「「永遠の二番手」返上、世界の頂点へ」の解説
久しくマイヤーの陰に隠れ、「永遠の二番手」という印象が強くなっていたエバーハーターだったが、思わぬチャンスが訪れる。2001年8月、マイヤーがオートバイ事故で重傷を負い、翌シーズン、更には2002年ソルトレークシティオリンピックも欠場することとなったのである。2002年シーズンのワールドカップ、エバーハーターは滑降とスーパー大回転で種目別優勝を果たす。総合成績でも2位のチェーティル・アンドレ・オーモットを600ポイント以上も引き離す圧勝で、初のワールドカップ制覇を成し遂げた。 マイヤーの不在、さらには回転で期待されたマリオ・マットも1月の負傷で欠場したことから、ソルトレイクではオーストリアのエースとして期待が集まった。最初の種目、滑降では銅メダル、続くスーパー大回転では10分の1秒差でオーモットに敗れ銀メダルに終わるも、最後の種目となった大回転でボディー・ミラーを破り金メダルを獲得した。この時既に32歳であり、年齢的にもこの五輪がラストチャンスであったことから、「この金メダルは僕にとって特別な意味がある」とコメントした。 2003年シーズンもワールドカップで総合優勝し、滑降とスーパー大回転でも種目別優勝を果たした。同年の世界選手権(サンモリッツ)でもスーパー大回転で金メダルを獲得するなど選手としての絶頂を迎えていたが、この時エバーハーターは翌2004年シーズンでの引退を決意していたと言われている。 現役最後となった2004年シーズン、滑降でワールドカップ3連覇を果たしたが、総合では僅差の2位に終わった。優勝はマイヤーであった。 同年9月17日、現役引退を発表した。
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