「大官」
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/08 23:14 UTC 版)
会議によって指揮される大官(マハーマートラ)は、役人の中でも最高位に属した人々であった。全貌は不明ながらアショーカ王の詔勅碑文によって少なくても以下に示す4つの役職が大官と呼ばれる地位にあったことが知られている。 都市執政官 (ナガラ・ヴィヤーヴァハーリカ Nagara vyāvahārika) 法大官 (ダルマ・マハーマートラ Dharma mahāmātra) 辺境大官 (アンタ・マハーマートラ Anta mahāmātra) 婦人管理官 (ストリャディヤクシャ・マハーマートラ Stryadhyakṣa mahāmātra) 都市執政官はマウリヤ朝支配下の各大都市に置かれ、一般に都市の行政・司法を司っていた。また1地方の長官としての性格も持ち、各地の総督である王族の管理下に置かれていた。アショーカ王はこれら都市執政官に対し5年毎に管理下の諸地方を視察して回るように指示を出している。 法大官はアショーカ王の治世13年目(紀元前255年頃)に新設された役職である。この役職は民衆や地方の領主に対し法(ダルマ)を流布すると共に、仏教教団に対する布施や慈善事業(この2つは不可分の存在であった)を担当した。 辺境大官は主に国境地帯に派遣され辺境民を統括する役割を負った。この役職は中央の大官とは区別されていたと考えられる。 大官という役職はこの時代のインドに特徴的な役職であり、マウリヤ朝やサータヴァーハナ朝で用いられたが、その後は姿を消した。
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