「パン売りのロバさん」
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/24 06:52 UTC 版)
「ロバのパン屋」の記事における「「パン売りのロバさん」」の解説
なお1955年(昭和30年)、キングレコードから発売された「パン売りのロバさん」(作詞:矢野亮、作曲:豊田稔、歌:近藤圭子)はこのイメージソング、CMソングの一種と一般には解釈されている。 しかし、実はここにもいささか事情がある。作詞家の矢野がロバのパン屋を街角で見かけて詞を作ったのは、1954年(昭和29年)のことである。場所は、東京浅草の雷門だったことがキングレコードのディレクターだった長田暁二によって書き留められている。この時、前述のビタミンパン連鎖店本部の連鎖店は東京では営業していなかった。更に歌詞に登場するロバのパン屋は複数種類の菓子パン等を扱っているが、前述の通りビタミンパン連鎖店本部の扱っていた商品は蒸しパンである。 つまり、矢野と長田が見たのは、千葉県の同業他社の「馬」と馬車と推測される。しかし二人はロバをイメージし、フレーズが誕生した。 ビタミンパン連鎖店本部の桑原が、「パン売りのロバさん」を実際に耳にしたのは、発売された1955年(昭和30年)の暮れのことと、自ら記している。即座にSP盤を数百枚もレコード店に発注し、後には特注LPを5,000枚も用意し、全国の連鎖店に配布した。翌年には、全国の連鎖店の馬車がこの曲を流して移動販売を始めた。 なお、キングレコードが1939年(昭和14年)に発売した「ロバのパン屋さん」という別の曲が存在している。作詞は明石喜好、作曲は山口保治。この場合のロバのパンは、実際にロバが使われていた札幌の石上商店を着想の元にしたものと考えられる。また、ビクターレコードが1951年(昭和26年)に発売した「ろばのパン屋さん」(「ろば」の表記が平仮名)という別の曲も存在し、作詞は坂口淳、作曲は平岡照章。古賀さと子の歌で童謡レコード「ひばりと麦畑」のB面に収録された。
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