停戦 停戦の概要

停戦

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/18 21:04 UTC 版)

ナビゲーションに移動 検索に移動
ベルギーイーペル付近の激戦地跡で、1914年のクリスマスの停戦を記念する十字架

概要

戦争・紛争の双方の当事者が互いに攻撃的行為や敵対行為を一時停止することに合意すると停戦状態になる。

限られた時間、または限られた場所で戦闘が停止され、その間に負傷者や犠牲者の救出が行われたり、本格的な休戦協定終戦への交渉が行われたりする。

停戦期間が過ぎたり、あるいは一方から攻撃がなされるなど停戦の条件が破られると、戦争再開となる。

停戦合意と停戦決議

停戦は公式な条約の一部として宣言されることもあるが、戦場で向き合う双方の部隊が非公式な同意に至って停戦になることもある。

紛争当事者の停戦合意の例として、2005年2月8日イスラエルアリエル・シャロン首相とパレスチナマフムード・アッバース大統領が会談し、数年来続いた戦争に対する停戦合意が発表されたことが挙げられる。合意発表時、パレスチナ側の交渉責任者(サエブ・エラカト)は次のようにこの停戦を定義した。

「われわれは、今日アッバース大統領があらゆる場所のイスラエル人に対する暴力の完全停止を宣言し、シャロン首相もあらゆる場所のパレスチナ人に対する暴力と軍事行動の完全停止を宣言することで合意した。」

また、戦争が激化したとき、また戦争に伴う民間人の被害などが悪化した際に、第三国の仲介や国際連合安全保障理事会の「停戦決議」を双方が受け入れることで実現する場合もある。

オリンピック休戦

クリスマス休戦

1914年12月25日第一次世界大戦の最中に、ドイツ軍イギリス軍クリスマスを祝うために非公式の停戦を行った(クリスマス休戦)。

ドイツ軍はクリスマスイブの夜に塹壕周辺にろうそくなどの飾り付けを行い、クリスマス・キャロルドイツ語で歌うとイギリス軍も英語聖歌で応え、その後クリスマスを祝う叫びが双方から上がり、互いの陣地の訪問や犠牲者の埋葬などが行われた。

この停戦は条約締結に基づくものではなかったが、クリスマス休戦は戦線の各地に広がった。戦闘は数日後再開された[1]

関連項目

外部リンク


  1. ^ Tony Paterson (2003年12月24日). “WWI Christmas Truce Started By Thousands Of German Soldiers” (英語). Rense.com. 2011年2月11日閲覧。


「停戦」の続きの解説一覧




品詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「停戦」の関連用語

停戦のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



停戦のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの停戦 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS