パラコート
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/07/23 03:26 UTC 版)
パラコート | |
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一般情報 | |
IUPAC名 | 1,1'-ジメチル-4,4'-ビピリジニウムジクロリド |
別名 | メチルビオローゲン、 パラクアット |
分子式 | C12H14Cl2N2 |
分子量 | 257.16 |
形状 | 無臭の無色結晶または白色から黄色粉末(水溶液は暗赤色、特異臭) |
CAS登録番号 | 1910-42-5 |
性質 | |
密度と相 | 1.25 g/cm3, 固体 |
水への溶解度 | 70 g/100 mL (20 ℃) |
融点 | 175–180 °C |
沸点 | 300 °C(分解) |
出典 | ICSC[1]、環境省資料[2] |
1882年に、オーストリアの化学者Hugo Weidelと彼の学生M. Russoは、4,4'-ビピリジンとヨウ化メチルを反応させることで、パラコートジヨージドとして初めて合成された。
パラコートの除草剤としての特性は、1955年にICIにより認識され、1962年初頭にグラモキソンという商品名で最初に ICIによって製造および販売された。
元々はメチルビオローゲン(methyl viologen)[3]という名前の酸化還元指示薬であり、パラコートは商標名であったが、今日では一般名として使われる。
パラコートは、掛かった葉や茎だけを枯らして、木や根は枯らさないため、水田の畦畔や斜面の法面を保持するうえで需要がある。即効性は強いが持続性はない。散布後はすぐに土壌に固着して不活性化するため、すぐに作物を植えることが出来ることや、安価で経済的という点から、広く用いられてきた。しかし、耐性を獲得し枯れにくい植物が出現する事が報告されている[4][5]。更に、耐性は遺伝する事が指摘されている[6]。
活性酸素を発生させる力が強いため、活性酸素の研究に使われることもある。
日本では、パラコート原体がイギリスから輸入されて製剤化されているが、1999年(平成11年)までは製造ライセンスを得て、日本で生産されていた。毒性が強く、自殺や他殺事件を数多く引き起こして問題になった農薬でもある。また非農耕地用として、農薬登録を受けずに販売された製剤もあったため、農林水産省はなるべく農薬登録する様に指導したことがあった。
パラコートの名前は、4級窒素のパラ位置に由来する。
構造
パラコートは、ベンゼン環の炭素原子を1つ窒素原子に置き換えたピリジン構造を有する。これが2個結合した化合物はビピリジン (bipyridine) と呼ばれる。ビピリジンには、窒素原子の位置により6種類の異性体があるが、パラコートは異性体のうち、4,4'-ビピリジンの窒素原子上をメチル化した、ピリジニウム塩(アンモニウム塩)である。正電荷を持つビピリジン部位は、すぐに土に強く結合する性質を持つため、長期間に渡り残留するが、結合すると同時に毒性を失う特性がある。
類似の化合物として、ジクワット、シペルクワット(MPP+。1-メチル-4-フェニルピリジニウム。CAS登録番号39794-99-5。日本未登録)、エチルパラコート(1,1'-ジエチル-4,4'-ビピリジニウム塩。エチルビオロゲン。CAS登録番号46713-38-6)等がある。一部のフウセンタケ科の毒キノコの毒成分である、オレラニン(3,3',4,4'-テトラヒドロキシ-2,2'-ビピリジン-1,1'-ジオキシド)も、類似の構造を有する。
パラコート単体と、対イオンが異なる塩が3種類合成されているが、日本では、二塩化物とメチル硫酸塩が除草剤として製剤化された。二塩化物の農薬登録は、1965年(昭和40年)3月16日。1978年(昭和53年)10月31日登録のメチル硫酸塩は、1984年(昭和59年)10月31日に登録失効している。
- 1,1'-ジメチル-4,4'-ビピリジニウム=ジクロリド(二塩化物。パラコートジクロリド CAS登録番号1910-42-5)
- 1,1'-ジメチル-4,4'-ビピリジニウム(パラコート単体。CAS登録番号4685-14-7)
- 1,1'-ジメチル-4,4'-ビピリジニウム=ジヨージド(二ヨウ化物。パラコートジヨージド CAS登録番号1983-60-4)
- 1,1'-ジメチル-4,4'-ビピリジニウム=ジメチルサルフェート(メチル硫酸塩、2-メタンスルホン酸塩。メト硫酸パラコート・パラコートメチル硫酸・パラコートビス・パラコートジメチルサルフェート CAS登録番号2074-50-2)
合成方法
ピリジンをアンモニア中の金属ナトリウムで処理することにより、カップリングされ、酸化することによって4,4'-ビピリジンを得る。次いで塩化メチルまたは硫酸ジメチルでジメチル化してパラコート塩を得る。
Hugo Weidelの最初の合成では、メチル化剤にヨウ化メチルを使用して二ヨウ化物を生成した。
形状は白色結晶で、ハイドロサルファイトなどの還元剤で還元すると、ラジカルとなり青色を呈する。このため、ハイドロサルファイトはパラコート中毒の簡易診断に利用される[7]。
酸化還元指示薬としては、生物学や光触媒反応の試薬として使用される[8]。ビオロゲン誘導体は、エレクトロクロミック表示材料としての応用も検討されている。
注釈
出典
- ^ 国際化学物質安全性カード パラコートジクロライド ICSC番号:0005 (日本語版), 国立医薬品食品衛生研究所
- ^ 水産動植物の被害防止に係る農薬登録保留基準の設定に関する資料 (PDF) 環境省
- ^ とは、4,4'-ビピリジンの窒素原子上にそれぞれ置換基を導入した“N,N’-二置換-4,4’-ビピリジニウム”の慣用名。田中泰彦「高配向グラファイト電極上の吸着層の酸化還元による相転移挙動に関する研究」長崎大学 博士 (工学) 博 (生) 甲第126号、2007年、NAID 500000442469。
- ^ 渡辺泰, 本間豊幸, 伊藤一幸, 宮原益次「パラコート抵抗性のハルジオン」『雑草研究』第27巻第1号、日本雑草学会、1982年、49-54頁、doi:10.3719/weed.27.49。
- ^ 加藤彰宏, 奥田義二「パラコート抵抗性のヒメムカシヨモギについて」『雑草研究』第28巻第1号、日本雑草学会、1983年、54-56頁、doi:10.3719/weed.28.54。
- ^ 伊藤一幸, 宮原益次「ハルジョオンにおけるパラコート抵抗性の遺伝」『雑草研究』第29巻第4号、日本雑草学会、1984年、301-307頁、doi:10.3719/weed.29.301。
- ^ a b 中毒情報・資料 その8パラコート、日本中毒学会
- ^ 光で汚れを落とす?ー光触媒反応による色の変化 化学展:光触媒のしくみを実験で紹介している
- ^ プリグロックスL シンジェンタジャパン
- ^ 青くないパラコート 保存状態さえ良ければ数十年経っても製剤のパラコート濃度は低下しない
- ^ a b 『農薬毒性の事典』:三省堂
- ^ 『毒物雑学事典』(講談社・ブルーバックス。1984年1月初版)
- ^ 岸本卓巳, 藤岡英樹, 山鳥一郎, 小崎晋司, 大家政志, 河端美則「パラコートのウス内散布により肝・腎障害を初発とし呼吸不全を来して死亡した1例」『日本呼吸器学会雑誌』第36巻第4号、1998年4月、347-352頁、ISSN 13433490、NAID 10005611855。 (要購読契約)
- ^ 食品安全ハンドブック(丸善 著者・林祐造 2010/1/22)
- ^ 吉田薫 and 浅野泰 and 中島逸郎 ほか,「パラコート中毒10症例に対するDirect Haemoperfusionの効果検討」『日本腎臓学会誌』第22巻第8号、日本腎臓学会、1980年、1001-1012頁、doi:10.14842/jpnjnephrol1959.22.1001。
- ^ 最近の中毒と医療 農薬パラコート(財)日本中毒情報センター
- ^ 中岡康「パラコート服毒7年後に発症した気胸例について」『日本胸部臨床』第46巻、克誠堂出版、1987年、932-937頁、NAID 80003646291。 (要購読契約)
- ^ 野口裕司, 金子直之, 「自殺企図によるパラコート中毒3例の報告 : 行政介入への提言」『日本救急医学会関東地方会雑誌』 40巻 3号 2019年 p.234-237, doi:10.24697/jaamkanto.40.3_234, 日本救急医学会関東地方会。
- ^ 野口裕司, 金子直之「自殺企図によるパラコート中毒3例の報告 : 行政介入への提言」『日本救急医学会関東地方会雑誌』第40巻第3号、日本救急医学会関東地方会、2019年、234-237頁、doi:10.24697/jaamkanto.40.3_234、ISSN 0287-301X、NAID 130007777897。
- ^ 南江堂『中毒百科「パラコート・ジクワット」』 内藤裕史、2001年6月
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