発射準備段階の状況および発射の遅延
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/05 17:20 UTC 版)
「チャレンジャー号爆発事故」の記事における「発射準備段階の状況および発射の遅延」の解説
当初の予定では、チャレンジャーは1月22日午後2時42分(米東部標準時)にフロリダ州ケネディ宇宙センターから発射されるはずであった。しかしながら前のミッションであるSTS-61-Cのコロンビアの着陸が遅れたため、発射予定日は23日からさらに24日へと延期された。その後、飛行が中断された際の緊急着陸地点(TAL)であるセネガルのダカールが悪天候であったため、発射日はさらに25日へとずれ込んだ。NASAは緊急着陸地点をカサブランカの基地に変更したが、同施設には夜間着陸用の設備が整っていないため、発射時間をフロリダ時間の朝に変更した。ところがケネディ宇宙センター周辺の天候不順が予想されたため、発射時間はまたもや27日午前9時37分へと延期された。マルコルム・マッコーネル(Malcolm McConnell)の著書「チャレンジャー号の主な故障の原因(Challenger : A Major Malfunction)」によれば、通常NASAは降水確率50%ならば打ち上げを決行していたはずだが、そうしなかったのは、ブッシュ副大統領がホンジュラスに向かう途中で立ち寄って発射を視察する予定があったからだという。 その翌日、船外活動用ハッチに不具合が生じたことでまたしても発射が延期された。最初は、ハッチが完全にロックされているかを確認する表示器の一つに故障が発見された。次に、ボルトのネジ山がすり減っていたため軌道船のハッチを封鎖する取り付け具を外せなくなった。取り付け具をノコギリでようやく切り離した時には、NASAシャトル着陸施設における横風の強さが発進後打ち上げ中止手順(en)で規定された限界値を超えていた。このため風が収まるのを待っているうちに、結局打ち上げ可能時間枠が尽きてしまい、再スケジュールを余儀なくされた。 予報によれば、1月28日の朝は異常に寒く、発射台周辺の気温は打ち上げを実施可能な下限値である−1℃の近くまで下がるとされた。この異常寒波に対し、SRBの製造とメンテナンスを受け持つサイオコール社の技術者は強い懸念を抱いた。27日の夜、サイオコール社の技術者と幹部は、ケネディ宇宙センターとマーシャル宇宙飛行センターにいるNASAの幹部と遠隔会議を開き、気象条件に関する討議を行った。何人かの技術者、中でも特に、以前にも同様の懸念を表明したロジャー・ボージョレー(英語版)は、SRBの接合部を密封するゴム製Oリングの弾力性が異常低温によって受ける影響について不安を表明した。各SRBには6箇所の接合部があり、そのうちの3箇所は製造工場で溶接され、残りの3箇所はケネディ宇宙センターのスペースシャトル組立棟(Vehicle Assembly Building、VAB)で結合される(設計段階では接合部の無い一体成形のSRBも検討されたが、大きさの都合上陸路輸送が不可能になるため分割型となった)。VABで結合される部分には、Oリングが二重に施されている(事故の後、三重に強化された)。 全ての結合部は、固体燃料の燃焼で発生した高温・高圧の燃焼ガスが正常にノズルから噴出されるよう、密封してガスの漏出を防ぐ必要がある。サイオコール社の技術者は、もしリングの温度が12℃以下になった場合、気密性を正常に保つだけの柔軟性を有するかを判断するのに十分なデータを持っていないと論じた。これが重大な懸念だったのは、Oリングが「致命度1」に指定されていたからである。これはもし主および副リングが故障した場合はバックアップはなく、その故障は軌道船や乗組員を破壊しうることを意味していた。 サイオコール社の主張に対するNASAの反論は、主リングが故障しても副リングが十分に密閉性を保ってくれるというものだった。だがこれは実証されたことはなかったし、またいかなる場合においても致命度1である重要部品については規定に違反する論法だった(ロジャース委員会に先立ってNASAの幹部を審問する際にサリー・ライド飛行士が引用しているが、致命度1である部品はバックアップに頼ることは禁止されている。この場合のバックアップとは不測の事態に備えて余裕を確保するためのもので、主機を代替するためのものではない。そんなことをすればバックアップがなくなってしまう)。サイオコール社の技術者たちは、夜間の低温によりSRBの温度は危険値である4℃をまず間違いなく下回るはずだと指摘した。しかしながら、サイオコール社の幹部は彼らの主張を取り合わず、予定通り打ち上げを進めるよう勧告した。世間ではNASAは常にフェイルセーフに取り組んでいるイメージがあったのに反して、サイオコール社の幹部は、打ち上げが安全「である」と証明するのではなく状況が安全「ではない」ことを示せというNASA幹部の要求に影響されていた。後に事故調査の中で、NASA幹部は打ち上げスケジュールを維持するために安全規定をしばしば無視していた事実が明らかになった。 低温により発射台の整備塔にはおびただしい量の氷が貼りつき、50cmを超える氷柱がついた。ケネディ氷対策班がたまたま意図せず赤外線カメラを右側SRBの尾部接続部に向けたところ、その部分の温度が−13℃しかないことが発見された。これは液体酸素タンクの排気弁から過冷却された空気が接続部に吹きつけられたことが原因であると考えられた。これは気温よりもはるかに低く、Oリングの設計仕様を大幅に下回っていた。しかしながら、−13℃という値は後に誤りであると判定された。これは温度検知器の製造会社による使用手引に従わなかったのが原因とされた。その後の試験と補正された計算により、接続部の温度は周囲の温度と大差なかったことが確認された。 氷対策班は徹夜で氷を除去したが、シャトルの主契約企業であるロックウェル・インターナショナルの技術者たちは引き続き懸念を表明した。カリフォルニア州ダウニーにあるロ社本部から発射台を監視していたロ社の技術者たちは氷の量を見て戦慄した。彼らは打ち上げの際にSRBの排気ガスの噴流が引き起こす吸引力によって氷が振り落とされ、シャトルの耐熱タイルを直撃するのではないかと恐れた。ロ社の宇宙輸送部門責任者であるロッコ・ペトローン(Rocco Petrone)と彼の同僚たちは、この状況を打ち上げに対する障害と見なし、ケープ基地にいた同社の幹部たちにロ社としては打ち上げを支持できないと伝えた。ところがケープ基地のロ社幹部たちはこれらの懸念をしっかりとは伝えず、結局ヒューストン基地の計画責任者アーノルド・アルドリッチ(Arnold Aldrich)は打ち上げを決行することにした。アルドリッチは氷対策班に今一度検査させるため打ち上げを一時間遅らせた。この検査では氷は溶け始めている様子だったので、午前11時38分、チャレンジャーはついに打ち上げを許可された。
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