検察に対する批判
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自白と矛盾する証拠の秘匿 再審開始決定の決め手の一つとなったのは、Aが自白の中で犯行後に燃やしたとしていたシャツの左袖部分が発見されたことであった。その左袖部分は、起訴直後の1985年(昭和60年)2月14日には警察に領置されており、その時点で、起訴状に記載され確定判決が認定した起訴事実は破綻していた。この左袖部分が確定審に提出されていれば、確定判決に影響した可能性がある。にもかかわらず、検察は、裁判でその事実を伏せたままAの有罪を主張し続けていた。それが意図的なものであったとすると、検察側の姿勢には大きな問題があるとされる。門野博弁護士は、「捜査側は保管していた新証拠の『布片』にもっと早い段階で気付き、『被告は無罪だ』と立証すべきだった」と述べた。 検察は、再審請求審第一審で、「検察官が、本件シャツを確定審に証拠として顕出しなかったのは、凶器に巻き付けられた布切れが本件シャツの左袖であったとは断定できず、本件シャツを証拠として顕出する意味はないものと判断したからにすぎない」とする意見書を提出している。これに対して弁護団の菅一雄弁護士は、「検察官は、被告人の自白が内容の一部に明らかな虚偽を含むことを知り、その証拠も持ちながら、確定審裁判所にはその証拠を隠し、裁判所が被告人の自白の信用性を慎重に吟味する機会を奪った。これは被告人に対する防御権の侵害であると同時に、裁判の中立公平性とそれへの国民の信頼の破壊でもある」と強く批判している。 再審開始決定に対する抗告 再審請求審は、4年を超える歳月をかけた審理を経て、2016年(平成28年)6月30日に熊本地裁が再審開始の決定を下した。しかし、検察側は「原決定は、新規性のない証拠、あるいは明白性のない証拠を、新たに発見された無罪を言い渡すべき明らかな証拠として再審開始の決定をしているから、原決定を取り消したうえで、本件再審請求を棄却すべきである」として福岡高裁に即時抗告。それが棄却されると、Aの年齢や健康状態を考慮して特別抗告しないよう求めていた弁護側の要請を無視する形で最高裁に特別抗告した。本来、特別抗告は憲法違反や判例違反の理由でしか認められないにもかかわらず、検察の主張は即時抗告審と大差がなく実質的に事実誤認の主張に過ぎなかった。 こうした検察側の姿勢は、「Aさんの命が燃え尽きることを狙った不当な先延ばしである」「寝たきりとなった老人の命が尽きて再審が開かれずに済む状況を期待していたのではないか」などの批判を呼んだ。実際、Aの成年後見人と合わせて再審を請求していたAの長男は、福岡高裁での即時抗告審中に病死し、Aの長男による再審請求は終了している。 再審はあくまで裁判をやり直すものであり、検察側が有罪だと信じるのであれば再審で改めてそう主張すれば良い。諸外国では刑事事件で検察側の上訴を禁じる例もあり、少なくとも再審請求審においては検察側による即時抗告や特別抗告に制限を加えるべきではないかとする主張もある。 こうした検察の態度については、障害者郵便制度悪用事件の反省に立って最高検察庁が2011年(平成23年)に策定した「検察の理念」に悖るものと批判されている。さらに、福岡高検で検事として即時抗告審を担当したのは國井弘樹であったが、江川紹子は、障害者郵便制度悪用事件で村木厚子を罪に陥れる一端を担った國井に担当させたことについても、「冤罪をつくった張本人に、別事件で無実を訴える人の雪冤を阻止する役割を与えた検察組織には、『道義』という観念はないのだろうか」と批判している。
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検察に対する批判
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著書『戦後最大の宰相 田中角栄〈上〉ロッキード裁判は無罪だった』にてロッキード事件は陰謀で田中角栄は無罪との陰謀論を展開。しかし、その内容が誤解や伝聞や憶測だけで構成されていること、田原が指摘している内容のほとんどがすでに反論されていること、事件の当事者にちゃんと取材していなかったこと等により、徳本栄一郎らから内容の破綻を批判されている。 田原は、ロッキード事件の5億円の受け渡し場所は、当時、前尾繁三郎のパーティが開かれており不自然だと主張し(詳しくは、ロッキード事件#不自然な金銭の受け渡し場所を参照)、現在でも、ロッキード事件は冤罪であると主張している。 2007年6月、リクルート事件についてのノンフィクション『正義の罠 リクルート事件と自民党-20年目の真実』を出版した。田原は、現在、リクルート事件は冤罪と主張している。 2007年12月、検察の実態について、元検事田中森一との対談、『検察を支配する「悪魔」』を出版した。 2009年3月15日、フォーラム神保町主催の緊急シンポジウム「青年将校化する東京地検特捜部〜小沢第一秘書逮捕にみる検察の暴走〜」に魚住昭、郷原信郎、佐藤優、鈴木宗男、平野貞夫、二木啓孝、宮崎学らとともに参加した。
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