刀装具の世界 |
月下釜洗図鐔
げっかかまあらいずつば

| 江戸時代後期 鉄地竪丸形高彫色絵象嵌 縦;72.8ミリ横;69ミリ 重要刀装具 |
江戸時代中頃、歌舞伎などの大衆芸能は非現実的世界を追求する原色の文化を開花させたが、同時に人々は心の奥底に横たわる人間性の確認を主題とする演目にも自らを投影し涙していたのであった。この対極とも一言える二面性は諸芸術においても同様で、刀装具では、前者に和漢の合戦武者や伝説人物図を専らとした京後藤派や浜野派などがおり、後者では『木賊刈』図鐔で知られる土屋安親や岩本昆寛のような叙情性を追求した金エが挙げられる。江戸の南に広がる波静かな入り江は、江戸人の生活を潤す海産物を生み出して江戸前と呼ばれ親しまれていた。この海も、家康によって構築された江戸という都市に欠くべからざる存在で、江戸風なる文化を構成するに重要な位置にあった。このため、葛飾北斎や安藤広重などの多くの絵師は江戸前の海に視点を置き、ここに生きる人々に題を得て同時代を絵面に残してきたと言えよう。金工岩本昆寛もその一人で、この鐔では、月明かりの寂しげな夕暮れ時、小舟にて飯炊きの釜を洗う漁師の姿を捉え、情感の溢れる作品に仕上げている。さて、岩本昆寛は極めて世俗的な生き方をし、深川の芸者を妻にしたとも言われ、粋でいなせな江戸っ子気質の人物であったことが知られている。それ故に身近にある江戸独特の光景に心動かされ、画題を江戸前の深川洲崎辺りに取材したのであろう。特に、同じ構想からなる作品として、岸辺の小舟から四つ手網を打つ漁師を題に採った鐔などの存在を併せて考察すると、一連の作品の製作意図が明確になり、画題の奥深くにあるものが起ち現われてくるのである。この鐔では雲間に隠れる月が重要な意味を持っている。先に例示した安親の『木賊刈』図鐔では、幼い頃に連れ去られた我が子を老父が想い浮かべている場面を捉えているのだが、老父の頭上には月があり、この月はどこかに生きている我が子をも照らしている事であろうと涙して立ちつくす男の内面性が描き出されている。昆寛の作品でも、漁師が釜を洗いつつ海原の彼方の月を見やる姿が描かれている。ここでは、一人江戸に出て寂しい生活をしている我が身、そして故郷に残してきた妻と子供を想い浮かべている様子が想起され、昆寛もまた老漁師の心模様を表現しようとしていることが分かり、単に叙情性を追求しただけの作品ではなく、自らが生きた同時代の記憶を留めおかんとする昆寛の芸術観をも知ることができるのである。耳際の肉をわずかに落して碁石形に仕立てた鉄地を竪丸形に造り込み、表面を微細な石目地に仕上げて渋く深い光沢を滲ませる肌合いとし、これによって静かに迫りつつある夜の静寂を表現している。碁石形の耳の曲面は天空の広がりを表現するに効果的で、耳際に描かれた月と、裏面の帰雁の布置によってその印象がさらに高められている。表の彫口は高彫に金銀の象嵌で肉高い表現、裏は薄肉に彫り表わして距離感と空間の広がりを演出し、また、深みのある朧月の銀象嵌と地面の地叢処理により、辺りを包む空気感までも表現している。釜を洗う手を休めてふと月を見上げる老漁師の哀感漂う姿は精密な彫り口で表情は豊か、特に目の表情が生きている。安親の作品群と対比されて考察される昆寛の一連の作の中でも、この鐔は題意の求め方にはじまり、造り込みから意匠構成、彫刻と象嵌の手法まで、安親の『木賊刈』に並び得る昆寛の最高傑作の一と言い得よう。 |
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