仮説の検証可能性
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/12 14:58 UTC 版)
「進化心理学への批判」の記事における「仮説の検証可能性」の解説
進化心理学に対するよくある批判は、その仮説を検証することが困難または不可能であるとして、経験科学としての地位に異議を唱えるものである。一例として、批判者は、現在みられる形質の多くは現在とは異なる機能を果たすために進化した可能性があり、歴史に対する後方推論の試みを混乱させていると指摘している。進化心理学者は自分達の仮説をテストすることの難しさを認めるが、それでも可能であると主張する。 批判者は、ヒトの行動形質が何かに対する適応であることを説明するための多くの仮説は「なぜなぜ話 (Just-so story)」であると主張している。ある特性の適応的進化についての一見うまく見える説明は、その内部の論理を超えた証拠に基づいていない。進化心理学は、矛盾する状況を含め、任意の状況における多くの、あるいはすべての行動を予測できると彼らは主張している。つまり、多くのヒトの行動は常に何らかの仮説に適合してしまう。ノーム・チョムスキーは次のように述べた。 「人々が協力していれば、『ああ、それは彼らの遺伝子を残すことに貢献していますね』と言える。人々が戦っていれば、『なるほど、他の誰かの遺伝子ではなしに彼ら自身のものを永続させるということですね』と言える。実際、どんなものについてでも何かしら物語を作ることができるでしょう。」 一方レダ・コスミデスはインタビューで次のように述べた。 「進化生物学の専門知識を持っている人は、あらゆる形質に対して事実に基づいた説明を作り上げることは不可能であることを知っている。進化論の説明には重要な制約が存在するのである。さらに重要なことに、すべてのまともな進化論的説明からは、形質の設計について検証可能な予測ができる。たとえば、妊娠中の病気は出生前ホルモンの副産物であるという仮説は、胎児が胚発生の時点で食物中の病原体や植物毒素から(もっと脆弱な妊娠初期の)胎児を保護するために進化した適応であるという仮説とは異なる食物嫌悪のパターンを予測する。新しく形質を発見するために生成されたものであれ、すでに知られている形質を説明するためのものであれ、進化論的仮説は、その形質の設計に関する予測をもたらす。代わりに、適応機能についての仮説を立てないとすれば、そういった予測がまったくできない。さて、どちらがより制約された穏健な科学的アプローチだろうか?」 進化心理学者らによる2010年のレビュー論文では、進化論を経験的にテストする方法について述べている。まず心理的現象の進化的原因について仮説が立てられる。次に、研究者は検証可能な予測を行う。これには、進化の原因が引き起こすかもしれない未知の影響を予測することが含まれる。次に、これらの予測がテストされる。著者らは、多くの進化についての理論がこの方法でテストされ、確認または反証されていると主張している。 Buller(2005)は、進化心理学の分野全体が決して確認または反証されていないことを指摘している。進化心理学の一般的な仮定によって動機付けられた特定の仮説のみが検証可能である。したがって、彼は進化心理学を理論ではなくパラダイムと見なし、この見解をコスミデス、トゥービー、バス、ピンカーなどの著名な進化心理学者に帰している。 エドアール・マシェリのレビュー論文「進化心理学における発見と確認」(オックスフォードハンドブック心理学の哲学)では次のように結論付けられている。 「進化心理学は、心理学において非常に物議を醸し続けているアプローチである。それはおそらく、懐疑論者がこの分野について直接の知識をほとんど持っていないためか、進化心理学者によって行われた研究の質が不均一であるためである。しかし、進化心理学に対する原理的な懐疑論を支持する理由はほとんどない。誤りはありうるにしても、進化心理学者が使用する発見のヒューリスティックと確認戦略は確固たる根拠に基づいている。」 スティーブ・スチュワート・ウィリアムズは、進化心理学の仮説は反証不可能であるという主張に対し、そのような主張は論理的に矛盾しているとした。進化心理学の仮説が反証不可能である場合、競合する仮説も反証不可能である。なぜなら、代替の仮説(社会文化的仮説など)が真であることが証明された場合、これは競合する進化心理学の仮説を自動的に反証するためである。競合する仮説が真であるためには、進化心理学の仮説は偽でなくてはならず、つまり反証可能でなくてはならない。 エドワード・ハーゲンは進化心理学への典型的な批判として次のようなものを挙げている。形質は適応と副産物のどちらかで進化した可能性があり、これは過去の環境でのことであるためにどちらであるかを判断することは不可能であり、したがって、形質の起源についての進化心理学の仮説は検証できないというものである。ハーゲンによれば、この主張に基づく批判は科学の理解に問題があるという。科学は基本的に仮説的推論であり、ひとつに最良の説明を推論することであるという。ハーゲンは、現象に対する最良の説明を提供するために複数の仮説が競合すると主張している。ここで「最良」は、新しく驚くべき観察、単純性の原則、一貫性などの予測などの基準による。仮説的推論は、科学者がその予測の全てに対して直接的な証拠を提供することを必要としない。進化心理学の仮説は予測を行い、したがって他の仮説と競争して特性を説明する。さらに、一部の批判者は精神的形質の進化心理学の説明は先述した理由により検証できないため真実ではないとするが、これは誤った結論だとハーゲンは主張している。たとえ進化心理学の仮説を検証できなかったとしても、これはそれらが間違っていることを意味するのではなく、単にそれらの証拠が入手できないということであり、進化のために形質が存在しないということではない。 ドミニク・マーフィーは、進化心理学に対するよくある反対意見の1つは、「タイムマシン」の議論であると説明している。進化心理学の仮説が真実であれば現代で起こる現象について予測を行うことができるが、同様にこの現象を予測しうる形質の起源についての代替の説明が無数に存在するという議論である。適応進化によって現れたとされる形質があるいは副産物として現れたのだとしても同じ現象を予測できるのである。したがって、潜在的には無数の代わりの歴史の説明が可能であり、タイムマシンがなければ、現代で見られる証拠に対する可能な説明のうちいずれが正しいかを判断することは不可能だという。マーフィーはこの議論には複数の欠陥があると主張している。第一に、特性の説明を提示し、その説明に基づいて現代で見られる現象の予測が行われる場合、単に代替の説明を提案することはできない。代替の説明は独自のテスト可能な予測、そしてできれば複数の予測を提示する必要がある。またマーフィは、すべての説明が同じ現象を予測するわけではないため、ある説明が現代の多くの現象を予測し、代替の説明がこれを説明するのに苦労している場合、前者の説明に確信を持つことは合理的であると主張する。さらに、「タイムマシン」の議論が他の科学に適用された場合、それはばかげた結果につながるという。マーフィーは、宇宙論者が利用可能な天文学的証拠と素粒子物理学の現在の理解を研究することによってビッグバンについての予測を確認したことを引き合いに出している。タイムマシンで宇宙の始まりに戻る必要はないのである。同様に、恐竜の絶滅を引き起こしたのは小惑星の衝突であるという仮説を調査している地質学者と物理学者は、現代の証拠を探すことによってそれを行っている。したがって、他の歴史科学がそうではないのに、進化心理学だけが「タイムマシン」でテストできないと主張されなければならないのか示す責任は懐疑派にあるとし、「方法は、ある文脈での嘲笑のために選ばれるのではなく、全面的に判断されるべきである」とマーフィは結論している。 同様の主張はアンドリュー・ゴールドフィンチによってもなされた。こういった批判は一様に不確定性の問題であるという。すなわち、多くの競合する説明がある現象に適応しているとき、どの説明が適切かを決めるのは困難ということである。さらに、実験結果の解釈を修正し、新規の事実と適合するようにしたり実験の信頼性に疑問を呈したりすることができる。しかし、これは科学のあらゆる領域に共通の問題であるため、進化心理学に限って批判として使われるというのは辻褄が合わないとゴールドフィンチは主張している。次に、ゴールドフィンチによれば、競合する説明を区別する方法の一つは、新たな予測を立てたり新事実を発見するための手法と、他の手法による新たな発見に適合するような手法を区別することである。予測を立てたりテストしたりできるような手法を、他の手法による発見に適合するような手法より優先すべきなのである。
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