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上州藤原(旧雲越家)の生活用具及び民家
| 名称: | 上州藤原(旧雲越家)の生活用具及び民家 |
| ふりがな: | じょうしゅうふじわら(きゅうくもごしけ)のせいかつようぐおよびみんか |
| 種別: | 衣食住に用いられるもの |
| 員数: | 2,589点、1棟、附208点 |
| 指定年月日: | 1997.12.15(平成9.12.15) |
| 所有者: | みなかみ町 |
| 所有者住所: | 群馬県利根郡みなかみ町 |
| 管理団体名: | |
| 備考: | |
| 解説文: | 藤原は群馬県の東北端に位置した地域で、ほぼ中央を南北に利根川が流れている。面積は、水上町の総面積の約七四パーセント強を占めるが、その大部分は急峻な山岳地帯となっており、地域を取り巻く周囲の山々は標高一、五〇〇メートルから二、〇〇〇メートル級の高山が続く。藤原は谷あいの二〇の集落からなり、明治十二年に水上村に編入され、昭和二十二年に水上町となった。藤原は明治二十年の記録では戸数一五九戸、人口六四六人であったが、昭和二十年代の後半から大規模な電源開発が始まり、昭和三十年に須田貝ダム、昭和三十二年に藤原ダム、昭和四十年に矢木沢ダムが完成し、藤原ダムによって利根川本流沿いの四つの集落と一六九戸が水没したが、観光開発も進み、昭和三十七年には戸数三三〇戸、人口は一、六二三人に増えた。しかし、過疎化の流れは進んでおり、平成八年には戸数三一七戸、人口七三五人と再び減少している。 生業は、周囲の山を頼る生活ではあったが、狩猟においては専業の集団はみられず、山稼ぎも副業の域を出ず、第二次大戦後まで炭焼きが盛んであった。藤原では第二次大戦後まで米が自給自足できた。生業の中心は農業で、山間地の水利の便を反映した小規模水田とカンノと呼ばれる焼き畑耕作も行われた。農耕地は三九・八九ヘクタールほどで、水田面積が畑地の倍を数える。近年は基盤整備が進んだものの標高九〇〇メートルもある典型的な積雪寒冷単作地帯となっており、農耕に関係する無霜日数は一五〇日と短期間で、日照時間の不足に合わせ夏季低温等の影響を受けやすいため収量も少なく、畑作物の種類も限られるなど、農業経営は不利な条件下にある。十一月には初雪が降り十二月から翌年三月までは根雪となる。終雪は五月上旬までもみられ、降雪量は毎年二メートル以上もある。 雲越家は利根川支流の名倉川に沿った山口地区に居を構えた中層の農家である。雲越家の菩提寺である応永寺の過去帳や位牌からみると享保十二年(一七二七)に没した吉弥を初代に、この雲越家の最後の当主である雲越仙太郎は九代に当たる。仙太郎は明治三十年四月二十五日に億松・ぬい夫妻の長男として生まれた。一〇歳にて父を亡くし、以来、母を助けて一家六人の生計の中心となって活躍し、昭和五十五年四月十七日にこの家で八四歳の生涯を閉じた。昭和五十五年、仙太郎の遺産の一部が甥の林義明氏の相続するところとなり、以来、林氏によって雲越家の住居と生活用具類は、一括して保存・管理されてきた。林義明氏は明治四十五年(一九一二)に藤原の平出地区に生まれ、幼少時から雲越家に通いその生活ぶりを熟知し、自らも伝統的な藤原の生活を体現している人である。林氏は仙太郎の死去直後から生活用具の整理を行い、仙太郎が生活を営んでいた当時の用具の収納状況等を克明に記録している。これによって住居と生活用具との一体的な把握が可能となり、仙太郎晩年の生活空間が再現されて、昭和六十一年三月七日付で「藤原の山村生活用具及び民家(雲越仙太郎旧居)」として群馬県指定重要有形民俗文化財の指定を受けた。資料はその後、土地建物を含めて昭和六十三年八月に水上町に寄贈され、町では平成三年三月より資料整理委員会を組織してこの資料の整理と記録作成事業に着手した。本資料はそれらの結果としてとりまとめられたもので、事業の報告書を得てさらにその価値を高めている。 昭和五十五年当時における雲越家の家産は、木造茅葺一部二階建の母屋二五六・五二平方メートル、宅地三九〇・二三平方メートル、水田四・九アール、畑地一四・八アール、山林一九・八アール、原野四・九アールほどであった。仙太郎は生涯独身であったが、人一倍物を大事にし、自給自足を旨とした生活を営んできた。雲越家では代々稲作や畑作のほかに、副業として養蚕、ワラビ粉やクズ粉の生産、炭焼き、木挽き、杣、付け木の製作などを行い、自家用の生活物資を得るために麻・からむしなどの野生植物の採取やこれらを加工した紡織やネコ・茣蓙【ござ】・莚【むしろ】などの製作、蓑【みの】・下駄の製作、各種の藁細工、川魚漁などを営んできており、これらの用具や製品が残っている。また、生産活動や日常生活に使用する用具の修理を自分で行うための、鍛冶用具や石臼の目立ての用具なども残る。藤原では百姓のなり下がりは何でもできるといわれたが、雲越家の資料にはこうした藤原の農家の実態が具現されているのである。 この資料は、一軒の農家の明治期から昭和にかけての生活に関する用具がまとまって残されているものであり、その生活の様相をよく示しているとともに、藤原という地域の生活体系とその変遷も知ることのできる重要な資料である。 |
重要有形民俗文化財のほかの用語一覧
| 社会生活に用いられるもの: | 浜田の泊屋 |
| 衣食住に用いられるもの: | はきものコレクション アイヌの生活用具コレクション 上州藤原 丹波焼コレクション 作業用覆面コレクション 信濃及び周辺地域の灯火用具 附 版画等関係資料 |
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