キュケオンの作用に関する議論
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/22 05:46 UTC 版)
「エレウシスの秘儀」の記事における「キュケオンの作用に関する議論」の解説
『ホメーロス風讃歌』の「デーメーテール讃歌」第210行に、デーメーテールがケレオスの館で提供された赤ワインを拒否し、水と大麦、ペニーロイヤルミントから作られたキュケオンを受け入れるという場面がある。ギリシアをはじめとした古代には、魔術や宗教上の目的のために媚薬などの薬を用いることは比較的よく見られた。ケレーニイは、クレタ島でアヘンが生産されていたことは間違いなく、デーメーテール女神の信仰はクレタ島からエレウシスにケシの栽培をもたらしたかもしれないとして、ケシから採取されるオピオイドが密儀に用いられた可能性を指摘している。また、古代ローマの詩人オウィディウスによると、コレーがハーデースにさらわれたときに摘んでいたのはケシの花だったとする。 ロバート・ゴードン・ワッソン(1898年 - 1986年)、テレンス・マッケナ(1946年 - 2000年)、アルバート・ホフマン(1906年 - 2008年)ら民族菌類学の研究者たちは、エレウシスの秘儀で用いられる飲料キュケオンにはエンセオジェン(英語版)もしくは幻覚剤としての効果があり、密儀の信仰の力はこれに由来していると主張している。ワッソンらによれば、キュケオンには大麦やライ麦などに寄生する菌類である麦角菌が含まれており、アルカロイドの一種であるエルゴタミンあるいはLSDの前駆物質となるエルゴメトリンを成分として含有する。先行する断食によって準備された入信者たちが速やかに感化を受けたことは、セットとセッティングの関係で説明される。これにより、キュケオンの向精神薬作用が深遠な霊的・知的効果をもたらし、啓示的な精神状態へと促進された可能性がある。紀元前415年に、アテナイの貴族アルキビアデスが私邸においてキュケオンを友人たちに振る舞い、エレウシスの秘儀への冒涜行為として非難された。このことは、キュケオンに幻覚剤的な作用があったことを間接的に示す証拠とされている。 これに対し、ブルケルトはこれらの主張には確たる証拠がなにもなく、麦角中毒の症状は不快で陶酔感をもたらすものではないこと、加えて薬物摂取のような個人的体験を千人規模の集団入信者に当てはめることはふさわしくないとして、否定的な見解を明らかにしている。また、J・ニグロ・サンソネーゼ(英語版)(1946年 -)は1994年、エレウシスの秘儀は人間の神経系の深部感覚が呼吸制御によってトランス状態を誘発するという仮説を発表している。 現代において麦角菌が寄生した大麦を用いてキュケオンを調製する試みは、決定的とはならなかったものの、アレクサンダー・シュルギンとアン・シュルギンは、エルゴメトリンとリゼルグ酸アミド(エルジン)の双方にLSDに似た効果があることが知られていると述べている。マッケナは、他にも密儀に使われたかもしれないものとして、マジックマッシュルームやシビレタケの仲間、あるいはベニテングタケなどの候補を挙げている。 キュケオンの精神作用に関するもう一つの説は、クサヨシ属やアカシアなど地中海地域に見られる多くの野生植物に含まれるジメチルトリプタミン(DMT)である。DMTを経口摂取で作用させるためには、モノアミン酸化酵素阻害薬(MAOI)と組み合わせなければならないが、MAOIはこれも地中海全域で生育しているシリアン・ルー(英語版)に含有されている。
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