香取型練習巡洋艦 艦型

香取型練習巡洋艦

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/12/18 07:24 UTC 版)

艦型

1941年ごろに撮影された香椎。

設計は大薗大輔造船少佐が中心になってまとめられ[40]、詳細設計は多くが建造所の三菱横浜船渠に任された[41]。基本計画番号はJ-12[40]Jは特務艦や水上機母艦・潜水母艦などに使われるアルファベットだった(巡洋艦はC)[40]福井静夫(元海軍技術将校、艦艇研究家)によれば、香取型の計画にあたり、迅鯨型潜水母艦のデータを参考にした[42]。ただし迅鯨型に比べ、香取型の船体は重心点が低い[42]。要求事項、計画方針、設計経緯とも、迅鯨型と香取型は良く似ていた[42]

船体

香取型の船体は、艦首の水面から乾舷までが高い短船首楼型船体になる。多数の候補生が乗艦するので船内容積を確保するため、船首楼型が選ばれた。艦首は軽いクリッパー型が採用された。これは、まだ航海の経験の浅い士官候補生達が外洋の荒波にもまれて疲弊しないために充分な船体安定性と復原性能を持たせるためである[要出典]。速力が遅い(18ノット)ため、必然的に幅広の船体になった[12]。船体の幅が大きく木甲板だったことから「まるで戦艦に乗ったようだった」と言われる[12]

装甲は無い[9]。代わりに船体が強固に作られた[9]

搭載した兵器・機関共に重量は軽く、吃水が浅くなる[13]。士官候補生が乗艦するので十分な復原性能を得るために[13]、船体下部に587トンの固定バラストを搭載、その他に軽荷状態では140トンを重油バラストとした[43][注釈 7]

配置

外観面においても、従来の軽巡洋艦は軽量な三脚マストの基部となる低い艦橋構造であったが、本型は箱型艦橋と簡素な三脚式の前部マストが立つ。これは、士官候補生の実習時に窮屈な艦橋構造では実習に支障が出るため、充分な容積を求められたためである。このように、候補生を集めて実習を行うため各部に広いスペースが求められるため、敢えて武装を減らしてそのスペースの確保に重点を置いた設計となっていた。[要出典]艦橋には候補生専用の羅針艦橋があり、羅針艦橋前には専用の天測甲板も用意された[12]主砲は50口径三年式14cm砲で砲塔形式の連装砲2基4門で[8]、船首楼甲板上に1番主砲が配置された[12]

船体中央部には直立した1本煙突が立てられたが、艦の威厳を保つために建造中に高さを更に2m伸ばした[12]。香取の公試時に煙突排煙が艦橋トップの測距儀に影響したためとも言われる[44]。煙突の両側には53.3cm魚雷発射管が片舷に1基ずつ、計2基が設置された[12]。煙突の後方は水上機の運用スペースで中心線上にカタパルト1基が設けられ、その下は艦載艇置き場とした[12]。水上機と艦載艇は後部マストを支柱とするクレーン1基により運用された[12]。後部マストは下部が三脚式で、その後方に40口径八九式12.7cm連装高角砲が後向きに1基、後部甲板上には2番主砲が配置された[12]舷窓は船首楼に上下3列、その後方は2列に並んでいた[45]

主砲

本型の武装配置を示した図。

本型の主砲50口径三年式14cm砲を採用した[12]。この砲は戦艦伊勢型の副砲から軽巡洋艦天龍型球磨型長良型川内型夕張の主砲として、日本海軍では大正時代から広く採用されていた優秀砲で、候補生が現場で実際に使用するために採用された。[要出典]砲架は迅鯨日進などと同じく連装砲塔式で、前後に各1基が搭載された[12]

その他の備砲

高角砲は広く日本海軍で使用された八九式12.7cm高角砲を採用した[12]。この連装砲1基2門を後部上構上に装備した[12]。機銃は25mm連装機銃を艦橋の両舷のシェルター甲板上に1基ずつ計2基、他に儀礼用に5cm礼砲4門が艦橋前のシェルター甲板上に装備された[12]

なお、3番艦香椎のみは既に練習艦としての使用は見込めないため、5cm礼砲2門を撤去し残り2門は1段高い天測甲板に位置を変更、25mm連装機銃2基増備した(計4基になる)[12]

魚雷兵装

六年式(53.3cm)連装発射管を煙突の両舷に各1基(計2基4門)搭載した[12]。予備魚雷は無い[12]。 対潜掃討艦に改装する時に撤去された(後述)[46]

航空兵装

呉式2号5型射出機1基[12]、水上偵察機1機を搭載した[8]。搭載機は零式水上偵察機を計画していた[8]。残された鹿島・香椎の写真からは九四式水上偵察機の搭載が確認出来る[47][48]。運用のために後部マストを支柱とするデリックが設置された[12]。経済的な理由で専用動力を用いるクレーンでは無かった[49]

機関

機関配置は日本海軍伝統の単一缶機配置である。[要出典]しかし練習艦任務のために様々な最新の機関形式を同時に勉学できるよう当時の一般的なボイラー蒸気タービンの組み合わせ以外に、ディーゼル機関も採用され、且つ最新式の機関が搭載された[12]。また、経済性、航続性能も考慮された[12]

主機は艦本式(高圧・低圧2段減速式)ギヤード・タービン2基(2,200馬力×2)に巡航用の艦本式22号10型内火機械(ディーゼル)2基(1,800馬力×2)をフルカンギアで接続、2軸推進とした[12]。タービンは高圧タービンと低圧タービンを配した2胴式で巡航タービンは無い[50]橋立型砲艦と同じタービンであるが、ギアは新たに2段減速式が計画された[50]。艦本式22号10型内火機械は中型潜水艦の機関として開発された10気筒4サイクル式単動ディーゼル機関で[50]秋津洲の主機にも搭載された機関になる[12]。巡航には通常ディーゼルを使用し全力で13.5ノットから14ノットと思われる[50]。タービンのみの巡航全力は約13ノット、最大14.5ノット程度で、この2種類の機関を合わせての最大出力は8,000馬力、速力18ノットを計画した[50]

缶(ボイラー)はホ号艦本式重油専焼缶(空気余熱器付)3基が搭載された[10]。ホ号艦本式重油専焼缶は1937年(昭和12年)頃から小型艦艇に採用された缶で、大型缶と同等に効率の良い小型缶であり[51]、この缶2基で全力航行に必要な蒸気をまかなえる計画だった[50]。残り1基は常にメンテナンスが出来るよう配慮されていた[50]

配置については、缶室部分は前後左右4室に分けられ、1室に缶1基が搭載、右舷前方が第1缶室、右舷後方が第2缶室、左舷後方が第3缶室とされた[52]。左舷前方の区画は発電機室とされ、ターボ発電機ディーゼル発電機が配置された[10][52]。その後方が機械室になり、缶室同様に前後左右4室に分けられた[52]。左右の前部機械室には高圧タービンと復水器を持つ低圧タービンを並べ、その後方にギヤを配置し推進軸へ繋いだ[10][52]。左右の後部機械室にはディーゼル機関とフルカンギアがそれぞれ1基ずつ搭載された[52]


注釈

  1. ^ #軍艦基本計画資料 Sheet116では練習艦として6,650トンの値もある。
  2. ^ #東・石橋(1980)利根型香取型 p.48では過熱器と表現している。
  3. ^ #軍艦基本計画資料 Sheet7では候補生275名になっている。
  4. ^ 旧式化した装甲巡洋艦は、海防艦に類別変更されていた[21]常磐八雲磐手浅間吾妻出雲のうち毎年1隻から3隻が練習艦任務にあてられた[22]
  5. ^ 常磐は敷設艦、出雲は第三艦隊旗艦遣支艦隊旗艦に転用された。
  6. ^ 面目一新の練習艦隊 新鋭巡洋艦香取、鹿島 司令官清水中将以下首腦部補職發表(中略)[35] 練習艦専用に建造の最新式巡洋艦 餘裕ある自主的建艦!【東京一日同盟】帝國海軍では一日新鋭練習巡洋艦香取、鹿島の就役を發表したが兩艦は同型にして昨年三菱横濱ドツクで進水したばかりの最新式のものであるが、當初より練習艦として建造されたものは今回の香取、鹿島が初めてゞ如何に帝國海軍が教育に重點を置き、しかも列強が海軍再軍備に狂奔しつゝある中に在つて餘裕のある自主的建艦に邁進してるかを證左するものである、新練習艦の要目は左の如くである/一、艦種、練習巡洋艦/一、排水量、九八〇〇噸/一、速力、一八ノツト/、一、主要兵装、大砲一四センチ砲四、一二センチ砲七、高角砲二、發射管四(記事おわり)
  7. ^ #造船技術概要(1987) p.372ではバラストの合計を約900トンとしている。#JapaneseCruisers(1997)p.667,Table13.3 "Stability Data of the Katori Class"によると、計画で合計727トン、香取の実際でバラスト587トン、液体バラスト234トンで計821トン。
  8. ^ #日本海軍艦艇図面集図42-2、公式図による爆雷庫に搭載可能な数は中甲板200+69個、下甲板21+21+15個の計329個。鹿島は1945年2月に爆雷300個を搭載している(#S20.1-S20.3第102戦隊日誌AS作戦(1) 画像41、第102戦隊戦時日誌(昭和20年2月分)の参考事項〔 (三)AS1作戦用トシテ鹿島ニ搭載輸送セシモノ 爆雷三〇〇個 爆弾二十五番一〇発 六番二〇発 航空揮発油 二九〇罐(五八 キロリットル※) 零式水偵二機搭載上必要なる諸物件 〕※キロリットルは漢字1字で「立」に「千」と書かれている。

出典

  1. ^ #日本海軍艦艇写真集-巡洋艦p.183
  2. ^ a b c d e f g #S15.12.25内令提要原稿/艦船(1)画像3、「艦艇類別等級表」| 軍艦 | 練習巡洋艦 | (等級空白) | (艦(艇)型空白) | 香取、鹿島、香椎 |。
  3. ^ a b c d e f #三菱、20話27-28頁
  4. ^ a b c #昭和造船史1pp.784-785
  5. ^ a b c d e f g h i j k l #軍艦基本計画資料Sheet7
  6. ^ #S17.6.30内令提要(中)原稿/機密保護画像9、艦船要目公表範囲
  7. ^ #JapaneseCruisers(1997)p.667
  8. ^ a b c d e f g h #東・石橋(1980)利根型香取型pp.46-47
  9. ^ a b c #JapaneseCruisers(1997)p.834 "Armor and Protective Plating".
  10. ^ a b c d #阿部(1990)香取機関p.166
  11. ^ a b c d e f g #造船技術概要(1987)pp.1693-1694
  12. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj #東・石橋(1980)利根型香取型p.48
  13. ^ a b c d #造船技術概要(1987)pp.371-372
  14. ^ 昭和15年4月20日付 海軍内令 第272号制定、海軍定員令「第48表ノ3 練習巡洋艦定員表」。この数字は飛行科要員を含み、候補生を含まない。
  15. ^ #JapaneseCruisers(1997)p.671
  16. ^ #JapaneseCruisers(1997)p.834 "Armament".
  17. ^ #JapaneseCruisers(1997)p.834 "Fire-Control Equipment".
  18. ^ #S17.2佐鎮日誌(5)画像20-21、2月21日海軍大臣発、官房機密第2208号 『軍艦香椎爆雷兵装新設ノ件訓令 佐世保海軍工廠ヲシテ首題ノ件左記ニ依リ施行セシムベシ 記 一、工事要領 爆雷手動投下台四個ヲ後甲板適当ナル位置ニ装備ス但シ本兵装ハ戦時中ノミ仮装備トス 二、所要兵器 爆雷手動投下台一型 二組「四個」在庫品 三、試験 施行セズ 四、完成期 時期ヲ得次第成ルベク速ニ 五、費目 艦艇製造費、艦艇製造費、造船費造兵費第百一號艦(船)(水)別途配布豫算内支弁トス』。 #S17.2横鎮日誌(4)画像25、1942年2月24日〔 横工廠ヲシテ軍艦香取爆雷兵装新設ノ件訓令受領(官房機密第二二〇八)号 〕
  19. ^ イカロス、世界の巡洋艦 2018, p. 94a香取型練習巡洋艦/大戦中は艦隊旗艦として運用された練習巡洋艦
  20. ^ a b c #東・石橋(1980)利根型香取型p.47
  21. ^ イカロス、世界の巡洋艦 2018, pp. 140–141コラム(6)旧式巡洋艦、■日本海軍の装甲巡洋艦
  22. ^ #衣島(2011)練習艦隊史p.71の一覧表。
  23. ^ #東・石橋(1980)利根型香取型p.46
  24. ^ a b c d e f イカロス、世界の巡洋艦 2018, p. 94b.
  25. ^ a b c #三菱、20話26頁
  26. ^ 戦史叢書31、海軍戦備(1)pp.532-534、昭和十三年度計画艦艇製造。
  27. ^ 戦史叢書31、海軍戦備(1)pp.575、(④計画の)建造状況。
  28. ^ a b c d e 戦史叢書31、海軍戦備(1)p.593、練習艦一隻建造追加。
  29. ^ a b #中川1997世界艦船95頁
  30. ^ #海軍制度沿革8(1971)pp.94-95、昭和6年4月1日内令第53号。
  31. ^ #JapaneseCruisers(1997)p.663
  32. ^ #日本巡洋艦史(2011)p.140など
  33. ^ a b c #鈴木(1980)練習艦隊
  34. ^ a b c d e f g 戦史叢書91、大本営海軍部(1)開戦まで 480-483頁〔 秘密裏の発足-昭和一五年八月下旬 〕
  35. ^ Hoji Shinbun Digital Collection、Nippu Jiji, 1940.06.01、p.3、2023年5月20日閲覧 新鋭練習専用艦香取〔上〕鹿島〔下〕兩艦【何れも進水式の時の撮影】
  36. ^ 戦史叢書91、大本営海軍部(1)開戦まで432頁『三コ遣支艦隊の新編と第四艦隊の独立―昭和十四年十一月十五日』
  37. ^ 戦史叢書91、大本営海軍部(1)開戦まで512-513頁『第六艦隊・第十一航空艦隊新編』
  38. ^ #伊達(1980)行動年表p.56
  39. ^ 戦史叢書91、大本営海軍部(1)開戦まで 516頁〔 第五艦隊・南遣艦隊の追加的新編 〕
  40. ^ a b c #梅野(1987)新造時香取型p.70
  41. ^ #梅野(1987)新造時香取型p.71
  42. ^ a b c 日本潜水艦物語230-231頁『迅鯨型(迅鯨、長鯨)』
  43. ^ #JapaneseCruisers(1997)p.667,Table13.3 "Stability Data of the Katori Class".
  44. ^ #世界巡洋艦物語p.338
  45. ^ #東・石橋(1980)利根型香取型p.47、第4図「鹿島(新造時)」
  46. ^ a b c d #東・石橋(1980)利根型香取型p.49
  47. ^ #重巡利根型 軽巡香取型p.55上の写真
  48. ^ #重巡利根型 軽巡香取型p.68上の写真
  49. ^ #終戦時の日本海軍艦艇(1947)p.13
  50. ^ a b c d e f g #阿部(1990)香取機関p.167
  51. ^ #阿部(1990)香取機関pp.166-167
  52. ^ a b c d e #阿部(1990)香取機関p.166、第1図「練習巡洋艦『香取型』機関配置図」






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