金剛寺 (秦野市)とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > 金剛寺 (秦野市)の意味・解説 

金剛寺 (秦野市)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/11/09 08:50 UTC 版)

金剛寺
所在地 神奈川県秦野市東田原1116
位置 北緯35度23分49.8秒 東経139度13分25.0秒 / 北緯35.397167度 東経139.223611度 / 35.397167; 139.223611座標: 北緯35度23分49.8秒 東経139度13分25.0秒 / 北緯35.397167度 東経139.223611度 / 35.397167; 139.223611
山号 大聖山
宗派 臨済宗建長寺派
本尊 阿弥陀如来
創建年 不詳
中興年 建長2年(1250年
中興 波多野忠綱
文化財 木造阿弥陀三尊立像(市指定重要文化財)
源実朝公御首塚(市指定史跡)
テンプレートを表示

金剛寺(こんごうじ)は、神奈川県秦野市にある臨済宗建長寺派寺院である。

歴史

創建年代は不明である。1219年建保7年)1月27日鎌倉幕府第3代将軍源実朝は甥の公暁によって暗殺された。実朝の首は公暁に持ち去られ、行方不明となった[注釈 1]三浦義村の家臣の武常晴は、長尾定景が率いる公暁討伐の一団に加わっていたが、その際に実朝の首を手に入れ、何らかの理由により首を持ち帰らずこの地に葬ったと伝わる[1]

1250年建長2年)、当地を所領としていた波多野忠綱が実朝の菩提を弔うために再興した。当寺には実朝の坐像が安置されている[2][3]

文化財

秦野市指定重要文化財

中尊の阿弥陀如来は、像高83.5cm。脇侍勢至菩薩は、像高59.0cm。観音菩薩は像高58.2cm。いずれも寄木造[4]。「実朝の念持仏」との由緒が伝承されるが、実朝没後間もない鎌倉時代前期に波多野氏らが中心となって供養のために造立されたものと推定されている。なお中尊の阿弥陀如来は、鎌倉時代中期の阿弥陀如来立像の形式に倣った室町時代後期から江戸時代初頭にかけての補作とみられる[4][5]
源実朝公御首塚 五輪塔

秦野市指定史跡

境内から約300メートルに位置し、塚の上に石造の五輪塔が建っている。造立当時の五輪塔は木造だったが、1250年(建長2年)の再興時に石造に改めたと伝えられている[2][3]

歌碑

  • 御首塚に近接して、1960年(昭和35年)に建立された歌碑があり、金塊和歌集におさめられた源実朝の「物いはぬ 四方のけだもの すだらにも あはれなるかなや 親の子を思ふ」が刻まれている。書は実朝研究家であり、歌人国文学者佐佐木信綱揮毫

交通アクセス

脚注

注釈

  1. ^ 吾妻鏡」建保7年(1219)1月28日条には、首が見つからなかったため代わりに実朝の鬢髪を棺に納めたとあるが、「愚管抄」巻第6では「岡山(岡のように低い山)の雪の中から探し出された」と記されている。

出典

  1. ^ 秦野:郷土のあゆみ』秦野市、1977年、57頁https://dl.ndl.go.jp/pid/9522722 
  2. ^ a b 源実朝公御首塚 秦野市観光協会「秦野の”旬”な観光情報」(2022年11月28日閲覧)
  3. ^ a b 稲葉博 著『関東古社名刹の旅(千葉・埼玉・神奈川編)』読売新聞社、1986年、198-199p
  4. ^ a b c 金剛寺木造阿弥陀三尊立像”. 秦野市 (2022年9月6日). 2022年11月28日閲覧。
  5. ^ 市重要文化財に三尊立像 東田原の金剛寺が所有”. タウンニュース 秦野版. タウンニュース社 (2022年8月26日). 2022年11月28日閲覧。
  6. ^ 源実朝公御首塚”. 秦野市 (2012年12月20日). 2022年11月28日閲覧。

参考文献

  • 稲葉博 著『関東古社名刹の旅(千葉・埼玉・神奈川編)』読売新聞社、1986年

外部リンク




英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  
  •  金剛寺 (秦野市)のページへのリンク

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「金剛寺 (秦野市)」の関連用語

金剛寺 (秦野市)のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



金剛寺 (秦野市)のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの金剛寺 (秦野市) (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS