輸血
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/16 02:59 UTC 版)
輸血に関わる法律
血液法、および医薬品医療機器等法が知られている。しかしながら、医薬品医療機器等法は、ロットを構成する医薬品に適切な法律であり、ロットを構成しない輸血用血液に適用することが適切か問題を含んでいる。血液法および医薬品医療機器等法の要点は、安全な血液を安定供給する、国内自給を達成する、責務を明示するということである。特に医療従事者の責務としては適正輸血の推進、安全情報の提供、インフォームドコンセントの取得、投与記録の保管、調査の協力、輸血管理体制の構築が求められている。
輸血に関わる検査
献血時
- 感染症スクリーニング - 輸血用血液はすべて、感染症に対するスクリーニングが行われている。2005年時点、B型肝炎ウイルス、C型肝炎ウイルス、HTLV-1、HIV、ヒトパルボウイルスB19および梅毒トレポネーマに対し行われている。
HBV(B型肝炎ウイルス)はNAT感度以下の低ウイルス量でも感染する可能性があるためNATだけでなく、抗HBc抗体も測定されている。HBV,HCVのそれぞれの平均ウインドウ期間は34日、23日である。HIVについてはウインドウ期間 (window period) が11日と短縮された。海外渡航などのリスクがあれば34日以上は献血を避けるべきである。
輸血前
輸血に伴う反応
輸血に伴う反応を理解するには血液製剤の作り方を考えると理解しやすい。血液製剤は採血によって得た血液を遠心分離することで成分を分離して作っている。赤血球製剤の場合は全てが赤血球というわけではなく、分離し切れなかった血漿、白血球、サイトカイン、血漿蛋白、保存液が含まれており、これが様々な作用をおこす。例えばアレルギーやアナフィラキシーは血漿蛋白が誘因となり、発熱はサイトカインが誘因となる。GVHDはリンパ球がおこし、TRALIや血小板不能は抗HLA抗体や抗顆粒球抗体が引き起こすと考えられている。原因がわかっているため現在も有害作用の除外が改善されている。例えば、2007年現在は製剤をつくる過程で白血球がフィルター除去されているため、サイトカインも少なく輸血後発熱の頻度はかなり低下した(これをLR製剤という)。またGVHD(輸血後7 - 14日ころに発熱、紅斑、下痢、肝機能障害、血小板減少)の予防として放射線照射が行われている(但し、溶血しやすくなったため、今後腎障害の報告が増える可能性がある)。この効果は細胞の核に傷をつけることで細胞分裂を阻害し、GVHDを引き起こすだけのリンパ球が蓄積しないようにするということである。感染を防ぐため従来の抗原抗体反応よりもウインドウ期の短いNAT(Nucleic acid Amplification Test, 核酸増幅検査)が導入されている。またさらに血漿蛋白を除外したい場合は洗浄赤血球という製剤も用意されている。
生理的反応
合併症
溶血性輸血副作用
- ABO不適合輸血(事故):血液型検査ミスより患者や血液製剤の取り違えなど事務的ミスでおきることが多い。メジャー不適合でも死亡率は10%程度。早期に発見して処置すれば助かる。
そのため、ガイドラインでは輸血開始後15分間は輸血速度1ml/m、15分後からは5ml/mにし、看護師がベッドサイドにいて観察することが必要となっている(医師による観察は必要ない)。
非溶血性輸血副作用
- PC、次いでRBCの順に非溶血性輸血副作用が多く報告されており、副作用の種類は報告が多い順に「蕁麻疹」、「アナフィラキシーショック」、「呼吸困難」である。頻度はもっとも多く、0.5 - 2%
蕁麻疹、かゆみ、発熱はいずれも抗原・抗体反応を基盤としておこると考えられている。
また、血圧低下は40%が輸血開始後10分以内に起き、30分以内では76%を占める。
- 移植片対宿主病 (graft versus host disease: GVHD) :受血者血液中で残存した供血者リンパ球が受血者組織を攻撃しておこす病態、血液製剤の放射線照射で防止できる
- 同種感作:血液製剤中の白血球がもつHLAなどにより抗体ができる。血小板輸血不応などの原因になる。現在血小板製剤は白血球が1バッグ当たり10の6乗以下となっているが、患者が経産婦や輸血経験者の場合ではこの程度の除去では防止することができない。
- 鉄過剰症:骨髄異形成症候群・再生不良性貧血といった難治性貧血の治療で輸血を受け鉄が過剰に体に取り込まれることによって発症する。
- 高カリウム血症:溶血した血球からカリウムが漏れ出すことにより起きる。
- クエン酸中毒:抗凝固薬として添加されているクエン酸により、低カルシウム血症、代謝性アシドーシスを起こす。
- 濃厚赤血球液を1日10単位以上輸注すると相対的に血小板や凝固因子が低下し、凝固障害を起こす。
- 輸血関連急性肺傷害(Transfusion-related acute lung injury: TRALI、トラリ):おそらくは白血球抗体による反応のために急性の呼吸困難をおこす病態。
TRALI(輸血関連急性肺障害)とTACO(輸血関連循環過負荷)の比較
特徴 | TRALI | TACO |
体温 | 発熱 | 変化無し |
血圧 | 低下 | 上昇 |
呼吸症状 | 呼吸困難 | 呼吸困難 |
頸静脈 | 変化無し | 怒張 |
聴診 | ラ音 | ラ音 |
心エコー | 正常 - 低下 | 低下 |
肺水腫 | 滲出液(細胞・蛋白は多い) | 漏出液(細胞・蛋白は少ない) |
利尿剤の効果 | なし | あり |
白血球数 | 減少 | 変化なし |
BNP | <200pg/ml | >1200pg/ml |
白血球抗体 | + | - |
感染症
- 輸血後肝炎:献血者の血液が持つB型肝炎ウイルスやC型肝炎ウイルスがスクリーニングをすり抜けて受血者に感染する。頻度は1万 - 10万に1回の割合で発生する。
- HIV感染:確実例は3回4例で、NAT検査導入後は1回のみ。
- 敗血症:血液製剤が細菌で汚染されていた場合、室温保存の血小板製剤で可能性が高い。輸血前に血液製剤の色調、混濁、溶血をチェックすることで防止できる。
- 赤血球製剤の場合は特にセグメントチューブ(輸血バッグに付いた細いソーセージ状のチューブ。交差適合試験のための検体を採取する)内はバッグ本体内よりも腐敗が早期に現れるので、ここを観察すると良い。
- 赤血球ではアクネ菌が多いが、これは弱毒で敗血症をおこさない。
- 未知の病原体による感染症のリスクは排除できない[13]。
血管迷走神経反射 (VVR)
献血や自己血採血時の副作用でもっとも重要。転倒による死亡事故も起きている。
判定基準 | 基本症状 | その他の症状 |
I度 | 徐脈(>40/分)、血圧低下 | 顔面蒼白、冷汗、悪心など |
II度 | 徐脈(≦40/分)、血圧低下(<90Pa)さらに意識喪失 | 嘔吐 |
III度 | II度に加え痙攣、失禁、脱糞 |
記録と輸血同意書
「血液製剤等に係る遡及調査ガイドライン」では主にHBV、HCV、HIVの検査のため輸血前後の患者血清(血漿)は2mL程度、-20℃以下で3ヶ月以上保管するよう言っている。
また特定生物由来製品の使用対象者の製剤名、ロット番号、氏名、住所などの記録は20年間の保管義務がある。
近年は輸血の施行の際に同意書をとることが一般的である。輸血の副作用で患者に傷害が生じた場合、PL法に基づくと日本赤十字社が賠償するべきだが、日本赤十字社を訴えるということが難しいということから、医療機関が訴えられることが多い。輸血製剤に病原菌が混入し、輸血を受けた患者が死亡したとき(菌の混入は輸血製剤の性状が変化するほどのものでないと確認できない)、その輸血製剤を使用した病院と医師が有罪になったこともある。輸血同意書には大抵は以下のようなことが記載されている。
- 特定生物由来製品の説明とそのリスク
- 採血国と献血、非献血の提示と選択
- 副作用の救済制度とその適応
- 血液製剤の必要性と使用した場合のリスクとベネフィット
- 使用を予定する製剤の種類と使用量
輸血は確かに危険は伴うが、「重大な副作用が起こるリスクは交通事故の遭遇率より低いため同意書をとるほどのことなのか」という疑問が業界内にはある。
- ^ http://voxsangman.seesaa.net/article/275860943.html
- ^ 『医学の歴史』ルチャーノ・ステルペローネ(著)小川煕(訳)原書房、(2009年)
- ^ Blood transfusion (Inventions)
- ^ 医学探偵の歴史事件簿 小長谷正明(著) 岩波新書 (2014年)ISBN 978-4004314745
- ^ 日本輸血学会25周年記念講演 『日本輸血学会雑誌』 1980年 26巻 1-3号 p.1-15, doi:10.3925/jjtc1958.26.1
- ^ 根本晋一「高度歯科医療に関する医療過誤訴訟の研究- -インプラント植立手術を素材として」(PDF)『日本大学歯学部紀要』第35号、日本大学歯学部、2007年、101-112頁、CRID 1520290882410127232、ISSN 1348818X。
- ^ 輸血について 日本輸血・細胞治療学会
- ^ 血液製剤 MSDマニュアル プロフェッショナル版
- ^ “2014年8月1日より「赤血球液-LR(RBC-LR)[日赤]」に商品名変更(旧称「赤血球濃厚液-LR(RCC-LR)[日赤]」)” (PDF). 日本赤十字社 (2014年7月). 2018年6月15日閲覧。
- ^ “生物学的製剤基準の改正に基づく添付文書等の改訂及び赤血球製剤の販売名変更について” (PDF). 日本赤十字社 (2013年12月). 2018年6月15日閲覧。
- ^ 麻田真由美, 菅野知恵美, 川本佳代 ほか、「洗浄血小板による輸血副作用の防止」 『日本輸血学会雑誌』 2002年 48巻 1号 p.32-36, doi:10.3925/jjtc1958.48.32
- ^ a b c “回収式自己血輸血の概要と実際”. 日本自己血輸血学会. 2017年12月29日閲覧。「I インフォームド・コンセント」(PDF)P.3
- ^ 水野樹、「術中回収式自己血輸血:産科手術」 『日本臨床麻酔学会誌』 2010年 30巻 7号 p.925-930, doi:10.2199/jjsca.30.925, P.925
- ^ a b c 国立国会図書館. “犬に血液型はあるか。”. レファレンス協同データベース. 2023年5月24日閲覧。
- ^ Hohenhaus, A. E. (1992年12月). “Canine blood transfusions”. Problems in Veterinary Medicine. pp. 612–624. 2023年5月24日閲覧。
- ^ Company, The Asahi Shimbun (2021年4月28日). “健康な猫から、病気の仲間への贈り物 「供血猫」登録は助け合いの輪を広げること”. sippo. 2023年5月24日閲覧。
- ^ “ペットを救うために働く「供血犬」に穏やかな暮らしを 八王子の英会話講師が引退後の飼い主を探す活動:東京新聞 TOKYO Web”. 東京新聞 TOKYO Web. 2023年5月24日閲覧。
- ^ a b “馬の輸血とユニバーサルドナー”. 馬の資料室(日高育成牧場). 2023年5月24日閲覧。
- ^ 重種馬の新たな価値~ユニバーサルドナー~ NLBC 家畜衛生通信 第23号 令和4年11月 著:十勝牧場 衛生課
- ^ “愛猫の血液型知っていますか? - 日本動物医療センター”. 日本動物医療センター - 24時間夜間救急も可 (2017年2月9日). 2023年5月24日閲覧。
- ^ “Wagging tails for Taiwan's first veterinary blood bank” (英語). Reuters (2016年7月8日). 2023年5月24日閲覧。
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