粘着式鉄道 粘着式鉄道の概要

粘着式鉄道

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/01/26 03:11 UTC 版)

概要

多くの粘着式鉄道では、のレールと鉄の車輪の組み合わせが用いられ、車輪とレールの間の転がり抵抗および摩擦係数は極めて小さい。転がり抵抗が少ないことからエネルギー浪費が他の交通機関と比べて極めて小さいという長所を備えている。一方で摩擦係数が小さく車輪がスリップしやすいため、急な加速や減速が難しく、急勾配に弱いという短所もある。このことから、線路の敷設ルートに制限を受けることになる。

コンクリートの路盤をゴムタイヤで走行する新交通システムなども粘着式鉄道のうちであり、摩擦係数が大きくなるため鉄輪鉄軌条式に比べて大きな勾配を許容できる。一方で転がり抵抗は鉄輪鉄軌条式に比べると大きく、エネルギー浪費は増加する。

ラック式鉄道ケーブルカー(鋼索式鉄道)、索道(ロープウェイ)、磁気浮上式鉄道鉄輪式リニアモーターカーなどは、駆動力と制動力が摩擦以外の方式で伝達され、粘着式鉄道ではない。こうした鉄道はエネルギー消費量が増加する欠点はあるものの(リニア誘導モーターでは電力消費が従来の回転型電動機に比べて大幅に多く、ラック式ではラックレールの抵抗によるエネルギー損失がきわめて大きい)、勾配を大きく取れるので、登山鉄道で多く見られる。例えばスイスベルナーオーバーラント鉄道は粘着式鉄道とラック式鉄道の区間が両方ある。

落ち葉、摩耗くずなどがレールに付着した際や湿気の影響などにより、粘着が低下する[1]。粘着式鉄道では多くの機関車砂撒き装置あるいはセラミック噴射装置を備えており、滑りやすい状態では砂を撒いて粘着状態を改善する。落ち葉によって粘着が低下した状態に対処する方法としては、レールの洗浄列車を走らせたりウォータージェットを設置して吹き飛ばしたり、長期間にわたる線路際の植生管理をしたりといった方法がある[2][3]

電動機エンジンで車輪を駆動している時に粘着が失われると空転となり、ブレーキをかけている時に粘着が失われると滑走となる。空転・滑走を止めて再度正しく駆動・制動力がかかるように粘着状態に戻す制御を空転滑走再粘着制御と呼ぶ。

粘着現象

一般的な鉄輪鉄軌条式の鉄道においては、車輪とレールはどちらもわずかに歪んで接触している。例えば新幹線に用いられている新品の車輪を新品の60 kgレールに載せると、1輪あたりの重量8 tの条件で、14 mm×12 mm程度の進行方向前後方向に長い楕円形状の領域で接触する[4]。この楕円形状の領域に発生する力によって列車が支えられ、走行している。

駆動または制動に際しては、車輪とレールの間で前後水平方向に力が働く。レールに対して車輪が滑らずに力を伝達できている時は、摩擦の現象でいう静摩擦力にあたり、滑っている時には動摩擦力にあたる。鉄道では車輪を滑らせずに走行することが基本であるため、静摩擦力の範囲で用いるように考慮されている。車輪とレールの間に働く摩擦力のことを鉄道では粘着力、あるいは接線力クリープ力などと呼ぶ[5][6]。静摩擦力の最大値である最大静摩擦力は、垂直抗力に静摩擦係数を掛けた値として求めることができ、これを超えた力が働くと物体は滑り始める。鉄道の場合垂直抗力は車輪に掛かっている車体の重量であり、輪重と呼ぶ。粘着力を輪重で割った値を接線力係数と呼び、このうち最大のものを粘着係数と称する[5]。粘着係数が静摩擦係数に相当することになる。この時の粘着力を特に粘着限界と呼んでいる[4]

車輪とレールは、一見お互いに全く滑っていないように思われても、正確に測定するとわずかに滑っていることが分かる。車輪の回転数を測定してこれに車輪の円周長を掛けると、その間の移動距離に正確に一致するはずであるが、実際には一致しない。この微小な滑りのことをクリープ (creep) と呼ぶ[6]。この言葉は一定の負荷が掛かった時の材料の挙動であるクリープとは異なり、また鉄道においてもレールが地面に対してずれる現象をクリープと呼んでいるがこれとも異なる現象である。このクリープ現象に対してすべり率あるいはクリープ率が定義される。すべり率は、円周速度と車両速度の差を車両速度で割った値として定義される[7]。円周速度は車輪の回転速度という意味である。円周速度と車両速度が完全に等しい時が滑りが全く無い時であり、この時すべり率は0になる。

粘着力とすべり率の関係

車輪とレールが接触する楕円形状の領域のうち、弾性変形した状態の領域である固着領域(粘着領域)が進行方向の前側にあり、進行方向後ろ側には車輪とレールが接触していながら相対的に滑った状態にある滑り領域がある。すべり率が増加していくと、固着領域が相対的に減少していき、また接線力係数が増加して得られる粘着力が増加していく。最大の粘着力が得られるのは、完全に滑っていない時ではなく、わずかながら滑っている時であることになる。しかしすべり率がある限界を超えると接線力係数は減少に転じる。この時固着領域は完全に失われて全体がすべり領域となっている。粘着力が最大になる点が粘着限界であり、これよりすべり率が小さい領域を微小すべり領域、大きい領域を巨視すべり領域という[8]

微小すべり領域にあるうちは、粘着力はほぼ静摩擦力として取り扱うことができる。巨視すべり領域に入ると粘着力は動摩擦力とみなされることになる。一度巨視すべり領域に入ってしまうと、すべり率が上がるにつれて粘着が低下してさらに滑るようになる悪循環になってしまうため、空転や滑走を引き起こすことになる。この場合一旦駆動力や制動力を緩めるなどの手段をとらない限り微小すべり領域に戻すことはできない。巨視すべり領域に入ったものを微小すべり領域に戻すための制御が空転滑走再粘着制御である[8]


  1. ^ "Handbook of Railway Vehicle Dynamics" p.134
  2. ^ "Tribology of the Wheel-Rail Contact" pp.134 - 136
  3. ^ "New Rail Materials and Coatings" pp.25 - 32
  4. ^ a b 「走る基本 -粘着とは何か-」p.2
  5. ^ a b c 『電気鉄道ハンドブック』p.118
  6. ^ a b 「車輪とレール間のクリープ力」p.6
  7. ^ a b c 「走る基本 -粘着とは何か-」p.3
  8. ^ a b 『電気鉄道ハンドブック』pp.118 - 119
  9. ^ a b c "Handbook of Railway Vehicle Dynamics" pp.13-14
  10. ^ Frederick William Carter (1926). “On the Action of a Locomotive Driving Wheel” (pdf). Proceedings of the Royal Society (A121): 151-157. doi:10.1098/rspa.1926.0100. http://rspa.royalsocietypublishing.org/content/112/760/151.full.pdf 2013年5月26日閲覧。. 
  11. ^ K. L. Johnson (1958). “Effect of a tangential contact force upon the rolling motion of an elastic sphere on a plane” (pdf). ASME (80): 339-346. http://www.grc.nasa.gov/WWW/StructuresMaterials/TribMech/highlights/documents/reference/4-Johnson%20K.%20L.%20%281958b%29%20J.%20Appl.%20Mech.,%20Trans%20ASME,%20Vol.%2080,%20pp%20339-346.pdf. 
  12. ^ K. L. Johnson (1958). “The effect of spin upon the rolling motion of an elastic sphere on a plane” (pdf). ASME (80): 332-338. http://www.grc.nasa.gov/WWW/StructuresMaterials/TribMech/highlights/documents/reference/2-Johnson,%20K.%20L.%20%281958a%29%20J.%20Appl.%20Mech.,%20Trans%20ASME,%20Vol.%2080,%20pp332-338.pdf. 
  13. ^ D.J. Haines and E. Ollerton (1963). “Contact stress distributions on elliptical contact surfaces subjected to radial and tangential forces”. Proceedings of the Institution of Mechanical Engineers 3 (177): 95-114. 
  14. ^ P. J. Vermeulen and K. L. Johnson (1964). “Contact of Nonspherical Elastic Bodies Transmitting Tangential Forcestangential forces”. ASME (86): 338-340. doi:10.1115/1.3629610. 
  15. ^ Joost Jacques Kalker (1967). “On the rolling contact of two elastic bodies in the presence of dry friction” (pdf). Delft University of Technology. http://repository.tudelft.nl/assets/uuid:aa44829b-c75c-4abd-9a03-fec17e121132/P1219-6253.pdf. 
  16. ^ Joost Jacques Kalker (1982). “Fast Algorithm for the Simplified Theory of Rolling Contact”. Vehicle System Dynamics 11 (1): 1-13. doi:10.1080/00423118208968684. 
  17. ^ Joost Jacques Kalker (1991). “Wheel—rail rolling contact theory” (pdf). Wear 11 (144): 243-261. http://www.ewi.tudelft.nl/fileadmin/Faculteit/EWI/Over_de_faculteit/Afdelingen/Applied_Mathematics/Mathematische_Fysica/Personeel/Emeritus/papers/doc/1990-168_Wheel-rail_rolling_contact_theory__2_.pdf. 
  18. ^ CONTACT Vollebregt & Kalker's rolling and sliding contact model”. VORtech. 2013年5月26日閲覧。
  19. ^ 「車輪/レール接触問題の最前線」p.3
  20. ^ a b c 『電気鉄道ハンドブック』p.119
  21. ^ "Tribology of the Wheel-Rail Contact" pp.134 - 135
  22. ^ a b 「車輪とレール間に介在する物質が起こす現象」p.11
  23. ^ 『電気鉄道ハンドブック』p.389
  24. ^ 『電気鉄道ハンドブック』p.393
  25. ^ a b 『電気鉄道ハンドブック』pp.389 - 390, 394
  26. ^ a b 『鉄道の科学』pp.132 - 133
  27. ^ a b c d e 『電気鉄道ハンドブック』p.120
  28. ^ a b c 「走る基本 -粘着とは何か-」p.5
  29. ^ a b "Tribology of the Wheel-Rail Contact" p.135
  30. ^ 「車輪とレール間に介在する物質が起こす現象」pp.11 - 12
  31. ^ 「車輪とレール間に介在する物質が起こす現象」p.12
  32. ^ a b "Tribology of the Wheel-Rail Contact" pp.135 - 136
  33. ^ "Tribology of the Wheel-Rail Contact" p.134
  34. ^ "New Rail Materials and Coatings" pp.25 - 26
  35. ^ a b 『電気鉄道ハンドブック』p.121
  36. ^ a b 『電気鉄道ハンドブック』pp.121 - 126
  37. ^ 「鉄道車両の走行抵抗」pp.620 - 630
  38. ^ 「客車の走行抵抗に關する新研究」pp.363 - 365
  39. ^ それぞれの三角関数をテイラー展開してθ2次以上の項を無視することによる。





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