空気 空気の利用

空気

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/23 02:14 UTC 版)

空気の利用

産業用として圧縮空気は様々な場面で利用される。圧縮空気を原動力として用いる機械を空圧機械というが、圧縮機を用いたり使用者が手動で行ったりといくつかの方式がある。

また純粋な空気の利用では、ボンベ等に充填した圧縮空気、低温下で液化させた液体空気も製造される。常圧ではおよそ-190℃で液化し、液体酸素の影響から液体の空気は淡い青味を帯びた色をしている[17]。ボンベに充填する空気は一般的に、水蒸気や微粒子成分を取り除いた乾燥空気である。

スキューバ・ダイビングで使用するタンクには圧縮空気が充填されているが、50m程度まで潜水する場合は、窒素酔いを避けるため、窒素分をヘリウムと置換した空気を用いる。

また、窒素、酸素、二酸化炭素のほか、アルゴン、クリプトン、キセノン、ネオンなどの大気中に含まれる成分は、空気を利用して冷却・圧縮、化学吸着、膜分離等の方法で産業用に製造されるものがある。

同軸ケーブルの絶縁体には当初空気が使われており、最適な特性を探った結果、特性インピーダンスが約75Ωという値となり、ポリエチレンに変更された現在でも数値が維持されている。

空気と大気の理解

空気の理解

四元素説における元素の関係図

古代ギリシャでは空気は4つの元素四大元素:水、地、火、空気)の1つとされていた(四元素説)[18]

18世紀後半になるとイギリスで空気の化学(pneumatic chemistry)に関心が高まった[18]ジョゼフ・ブラックは固定空気(二酸化炭素)の研究を通して気体の特異性を識別し、空気の化学の基礎的な研究に貢献した[18]。また、ジョゼフ・プリーストリーは脱フロギストン空気(dephlogisticated air)という気体(酸素)を研究し、一酸化窒素、酸化二窒素、塩化水素、アンモニア、二酸化硫黄、四フッ化ケイ素、酸素の研究について「様々な種類の空気に関する実験と観察」(Experiments and Observation on Different Kinds of Air)を出版した[18]

なお、ガス(gas)という語はヤン・ファン・ヘルモントがギリシャ語で混沌を意味するchaosから作った語である[18]

大気の理解

鉛直構造としての大気は高所に行く必要があり空気の研究に比べると遅れた[18]。1648年、ブレーズ・パスカルピュイ・ド・ドーム火山にガラス管と水銀を持って山に登り、高度ごとの水銀柱の高さを測定して高度により異なり、温度が同じであれば高度が低くなるほど圧力が増すことを発見した[18]

日本での空気認識と「空気」という言葉の歴史

沢庵和尚の実験

日本で初めて空気の存在を科学的に証明する実験を示したのは、江戸時代初期の禅宗僧の沢庵和尚(1573 - 1645)である[19]。沢庵は『理学之捷径(りがくのしょうけい)』(1621)[注 6]の中で、「気は形なけれども歴々としてあるしるしには、気が動けば風が吹くなり。人の強く走りて気が動けば、息は強くなるごとくなり」などと、空気の存在を説明した後、「桶の底におき(火がついた炭)を糊にてつけて、これを水の上に伏せて、まっすぐに水の中に押し込むに、桶の内に水いらずして、火が消えざるなり。これは桶の内にも気がいっぱい満ちてある故に、内がふさがりて水の入るべきところなく、桶の内は何もなく空なれど、気のある証拠なり」という実験を示した[21]

沢庵は「日本で最初の空気の存在を証明した実験」を行ったが[22]、沢庵は戦国末期から江戸時代初期の堺や京都で活動していた多数のキリスト教宣教師からアリストテレスの自然学の講釈を知り、自分の説教に利用したと考えられる[22]

沢庵は『東海夜話』(1859)[注 7]の中で竹鉄砲という紙玉鉄砲のおもちゃを紹介しているが、その飛ぶ理由として「先の玉と後の玉の間は空なれども、その間には気が満ちてあるゆえなり」と書いている[23]

沢庵は終始、「気」という言葉を用いているが、それは儒学理気論でいう「気」一般の実在を証明したかったからである。沢庵はそれらの「気」と空気の同一性を証明したかったので「気」以外の言葉を考えることは全く無かった[24]

井原西鶴の『好色一代男』

「空気」という言葉をはじめて用いたのは井原西鶴(1642 - 1693)の『好色一代男』(1682)である[25]。西鶴は巻七の「口添へて酒軽籠」の条で「今この目からは空気のようにおもはれはべる」と書いている[25]。しかし、これは「うつけもの」(馬鹿者、間抜け)という意味の言葉であった[25]。江戸時代には「空気」と書いて「うつけ」と理解する人々がいたと考えられる[25]

明暦五(1659)年の『乾坤弁説』にも「空気」の語が出てくるが、それはヨーロッパの四元素説を論じたものであって、今日の空気を指す言葉ではなかった[26]

空気の語の初出

今日使う意味での「空気」の語の初出は前野良沢(1723 - 1803)の『管蠡秘言』(かんれいひげん)(1777)である。そこには「空気の地球を包む者にして、その厚さ地平より上四十五度の分に及ぶ。これを空の体と号す」とあって、今日の空気をさしている[27]。良沢は「空間を占める気」の意味で「空気」という言葉を使った[25]。良沢は最初の蘭学者と呼べる人で、オランダの学問を知って「空気」と儒学等の「気」を区別するために「空気」という言葉を作った[28]

游気の概念

空気を中国伝来の理気論の「気」と区別する別の語として「游気(ゆうき)」も使われた。游気は中国の游子六の書いた『天経或問』で使われた言葉で、オランダ科学書を通して、日本ではじめて近代ヨーロッパの科学を学んだ志筑忠雄(1760 - 1806)が著書の中で多用した[29]。志築は游気を水蒸気の意味でも用いており、今日の空気と全く同じというわけではなかった。志築は中国の陰陽五行説の影響も残していた[30]

1800年代初期の科学関係書

前野良沢や志築忠雄の著書は写本として伝わっただけであったが、1800年前後になると蘭学関係の本がかなり出版されるようになった。文政元(1818)年にオランダの空気銃を見て、それを複製した国友董兵衛(1778 - 1840)は『気砲記』を書いて、空気のことを「気」と書いている。当時の蘭学関係書では、「気」「空気」「游気」の3つの語がまちまちに使われていた[31]

大気という言葉

蘭学者達は空気を表す言葉として「大気」という言葉も作った。幕府の命令でオランダ語の家庭百科事典を訳した『厚生新編』(1821,1824)[注 8]には空気を意味する言葉として「大気」が出てくる。訳者は大槻玄沢宇田川玄真となっている[33]。彼らは「空気」という訳語を不適と見なして「大気」という訳語を作った[33]。「大気」の語はその後多くの蘭学者達に支持されて、江戸幕府末期の科学書の中で最も一般的に使われるようになった[34]。日本に初めてラボアジェの化学を紹介した宇田川榕庵は『舎密開宗』(1837)の中で空気を一貫して「大気」と訳している。榕庵は大気の他に「瓦斯」という言葉も区別しており、その「大気」概念は近代科学の「空気」の概念と全く同じである[34]

幕末の「空気」という言葉の普及

江戸時代には「大気」という言葉は「器が大きい」という意味でも用いられていたため、それを気にした人は「大気」よりも「空気」という言葉を好んで使用した[35]。宇田川榕庵の『舎密開宗』の1年以上後(1837年以後)に出版された鶴峯戊申(つるみねぼしん)(1788 - 1858)の『三才究理頌(さんさいきゅうりしょう)』では、「空気」の語を用いている。鶴峯は蘭学の地動説と日本神話を結びつけて宇宙論を展開し、「絶気(窒素)七分、清気(酸素)三分相交わりて、空気は整いたり」などと出てくる[36]元治二(1865)年ボイス著・大場雪斎訳の『民間格致問答』という日本最初の本格的な科学読み物が出版され、その中では「空気」の語が最初から最後まで用いられ、明治維新後の科学啓蒙書出版ブームに大きな影響を与えた[37]

明治元(1868)年以後

明治元年から7年頃まで、各種の科学啓蒙書が書かれ「窮理熱」というブームになった[38]福沢諭吉が書いた『(訓蒙)窮理図解』では、「空気の事」の中で「空気は人の目には見えざれども、この世界を囲擁して万物の内に充満せり」と書かれている[38]。この本の影響で多くの啓蒙書が「空気」の語を採用したが、専門書では「大気」の語を使うことが多かった[39]

文部省の学制の空気概念

文部省が明治五年の学制によって教科書を出版したために、明治7年以降は民間の科学啓蒙書出版運動である窮理熱は急速にしぼんでしまった[40]。明治五年に文部省が出した教科書では「空気」と「大気」が併用されていた。その後も明治五年から8年にかけて作られた教科書では、「大気」のみだったり、「空気」のみだったり一貫しなかった[41]。明治10年代までの教科書以外の科学書では「空気」が「大気」よりも優勢になっていたが、統一されてはいなかった。

物理学訳語会による統一

「空気」の「大気」に対する勝利を確定的にしたのは、東京数学物理学会の物理学訳語会であった[42]。訳語会の明治18年の議事録には結論として「Air 空気」として異論がなかったことが記録されている[42]。訳語会は福沢諭吉などの大衆的な科学啓蒙書が「空気」という言葉を大衆化したため、それをそのまま認めたと考えられる[42]。明治21年に訳語会は最終結果を印刷公表し、これ以後は「空気」の語で統一された[43]


注釈

  1. ^ ほぼ絶対温度の逆数に等しい。
  2. ^ 産業革命前の1750年比で1.4倍に増加している。国際標準大気(1975)では314 ppmとして示されている。
  3. ^ 産業革命前の1750年比で2.6倍に増加している。国際標準大気(1975)では2 ppmと丸めて示されている。
  4. ^ 産業革命前の1750年比で1.2倍に増加している。国際標準大気(1975)では0.5 ppmと丸めて示されている。
  5. ^ 冬は20 ppb>程度まで低下する。
  6. ^ 初めて出版されたのは沢庵が正保二(1645)年に亡くなった後の正保三(1646)年であるが、江戸時代を通して文政七(1824)年まで何度も刊行されている[20]
  7. ^ 安政六年に初めて刊行された[20]
  8. ^ 江戸時代には幕府の命令で印刷できず、1937年に初めて印刷出版された[32]
  9. ^ なお、人は空気の動きを全身の体表面の毛(体毛)の毛根あたりの感覚器で(体毛の動きを感じて)直接的に感じている、と指摘している研究がある。体毛を剃ってしまったりすると、感度が落ちるという。

出典

  1. ^ a b c Yahoo! Japan辞書(大辞泉くう‐き【空気】
  2. ^ Yahoo! Japan辞書(大辞泉たいき‐けん【大気圏】
  3. ^ Yahoo! Japan辞書(大辞泉たい‐き【大気】
  4. ^ 新村出編「空気」『広辞苑』(第5版)岩波書店、1998年、744頁。ISBN 4-00-080111-2 
  5. ^ 牛山泉『風車工学入門』(2版)森北出版、2013年、27頁。ISBN 978-4-627-94652-1 
  6. ^ 国立天文台編『理科年表 平成22年』丸善、2010年 ISBN 978-4621081914
  7. ^ Young, Hugh D., "HyperPhysics", University Physics, 7th Ed., Addison Wesley, 1992. Table 15-5, 2013年1月12日閲覧
  8. ^ "Air Properties" The Engineering Toolbox, 2013年1月12日閲覧
  9. ^ "Thermal Conductivity of some common Materials and Gases" The Engineering Toolbox, 2013年1月12日閲覧
  10. ^ Pawar, S. D."Effect of relative humidity and sea level pressure on electrical conductivity of air over Indian Ocean", Journal of Geophysical Research, vol.114, pp.D02205, 2009. Bibcode2009JGRD..11402205P , doi:10.1029/2007JD009716.
  11. ^ 「徹底図解 宇宙のしくみ」、新星出版社、2006年、p106
  12. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p kikakurui.com 「JIS W 0201:1990 標準大気
  13. ^ a b c WMO温室効果ガス年報 気象庁訳 (PDF)気象庁、2012年11月、2013年1月12日閲覧
  14. ^ 二酸化炭素濃度の年平均値”. 国土交通省 気象庁. 2020年10月24日閲覧。
  15. ^ a b c d e f g h i j k l m n 2.3.2 世界のハロカーボン類等の濃度」気象庁、大気・海洋環境観測報告、2008年、2013年1月12日閲覧
  16. ^ 2.5.2 世界の一酸化炭素濃度」気象庁、大気・海洋環境観測報告、2008年、2013年1月12日閲覧
  17. ^ Yahoo! Japan百科事典(小学館 日本大百科全書)『液体空気
  18. ^ a b c d e f g 原宏. “大気からの物質沈着: 大気からの物質沈着: これまでから、これからへ これまでから、これからへ”. 慶應義塾大学理工学部応用化学科. 2021年9月21日閲覧。
  19. ^ 板倉聖宣 1999, p. 7.
  20. ^ a b 板倉聖宣 1999, p. 10.
  21. ^ 板倉聖宣 1999, pp. 7–8.
  22. ^ a b 板倉聖宣 1999, p. 8.
  23. ^ 板倉聖宣 1999, pp. 8–9.
  24. ^ 板倉聖宣 1999, p. 9.
  25. ^ a b c d e 板倉聖宣 1999, p. 11.
  26. ^ 板倉聖宣 1999, p. 13.
  27. ^ 板倉聖宣 1999, p. 15.
  28. ^ 板倉聖宣 1999, p. 16.
  29. ^ 板倉聖宣 1999, p. 20.
  30. ^ 板倉聖宣 1999, p. 21.
  31. ^ 板倉聖宣 1999, p. 23.
  32. ^ 板倉聖宣 1999, p. 26.
  33. ^ a b 板倉聖宣 1999, p. 24.
  34. ^ a b 板倉聖宣 1999, p. 27.
  35. ^ 板倉聖宣 1999, p. 30.
  36. ^ 板倉聖宣 1999, p. 31.
  37. ^ 板倉聖宣 1999, p. 32.
  38. ^ a b 板倉聖宣 1999, p. 33.
  39. ^ 板倉聖宣 1999, p. 34.
  40. ^ 板倉聖宣 1999, p. 39.
  41. ^ 板倉聖宣 1999, p. 40.
  42. ^ a b c 板倉聖宣 1999, p. 43.
  43. ^ 板倉聖宣 1999, p. 44.


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