大阪弁 概要

大阪弁

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/28 04:54 UTC 版)

概要

大阪府の方言は摂津・河内・和泉に大別され[1]、特に泉南地方の方言が最も特異性が強い[2]。大阪府内は大部分が大阪平野であり、大阪市を中心に人的交流が活発であるため、もともと他都道府県と比べると方言の地域差は小さく[2]、伝統方言の衰退・変化が著しい現在では地域差よりも世代差の方が大きくなっている[3]。兵庫県南東部も大阪府との間で交通網が発達していて人々の往来が盛んであり、方言の差はそれほど大きくない。楳垣実と岡田荘之輔は「府県別に方言区画を設定することには、どうしても無理がある」と述べている[4]。神戸市の大部分も旧摂津国であるが、神戸市の方言はアスペクト表現「とる/とー」「よる/よー」や敬語表現「て(や)」など旧播磨国の方言(播州弁)との共通性があり、一線を画す。

大阪は近畿地方経済文化(特にテレビ放送)の中心地であることから、大阪弁は近畿地方一円(場合によっては四国なども)の方言に強い影響力を持ち、漫才などを通じて全国的にも知名度・認知度が高い。京都と同様に大阪では方言への愛着や自負心が強く、地元を離れた時やテレビに出た時にも大阪弁を使い続ける人が少なくない。一方で語彙面を中心に共通語化が進んでおり、他府県からの人口流入もあって大阪弁は変容し続けている。

地域差

大阪府側の摂津の方言について、山本俊治は次のように区分している[5]。狭義の摂津方言が一般的に「大阪弁」とされる方言である[6]

以上の区画は1962年時点のものであり、その後、方言の地域差はさらに縮小している。2009年、岸江信介は摂津・河内・泉北の言語類似度がかなり高くなっていることを指摘し、それを踏まえて高木千恵は、大まかにいえば現代(21世紀初頭)の大阪府下には「大阪弁」(摂津・河内・泉北)と「泉州弁」(泉南)の二つの方言が存在することになるとした[8]

兵庫県阪神間の方言について、山本俊治は尼崎市西宮市川西市伊丹市宝塚市は大阪方言に、芦屋市は神戸方言に属すとした[9]。鎌田良二は、1958年の調査で住吉川を挟んで敬語表現「はる」と「て(や)」の優勢が変わると突き止め、住吉川が大阪弁と神戸弁の境界をなすと報告している[10](その後、「はる」が優勢な地域は西へ拡大している)。なお、三田市でも高年層(2010年代時点)では「て(や)」が主流である[11]

なお、現在の大阪市にあたる地域に限っても、江戸時代から明治にかけては、地区や階層によって様々な言葉が存在していた。船場(町人)、島之内(芸人)、天満(役人=江戸訛り)、天王寺(農民)、長町(スラム)、木津(市場商人)など。明治後期以降、大阪市電の路線網の充実化などによって市内各所の交流が活発になるにつれて、市内の言葉は均質化・簡略化していったという[12]

音声

大阪市内の質屋の看板。

舌や唇などをあまり緊張させずに発音することが特徴である。特に高齢層では子音の発音が不明瞭になりやすく、サ行音のハ行音化(例:すみません→すんまへん、七→ひち)やザ・ダ・ラ行の混同(例:淀川の水→よろがーのみる、座敷→だしき。ただし紀州弁ほどではない)、半母音の脱落(例:泳ぐ→おーぐ、変わる→かーる)などが起こる。男性の荒い口調ではラ行音が巻き舌になりやすい。高齢層では語中のガ行鼻濁音が聞かれるが、中年層以下では衰退している。

子音と対照的に母音は明瞭に発音され、無声化が少ない。例えば「そうです」は「そーですー」のように語尾が伸び、「す」を無声化させる東京の発音に比べて、歯切れが悪い印象を与える。連母音の転訛はエイ→エーを除いて起こらないが、「見えた→めーた」「消える→けーる」のようなイエ→エーや、「蝿→はい」「迎えに行く→むかいにいく」のようなアエ→アイが起こることがある。1拍の日常語は「蚊→かー」「目→めー」のように長音化するが、「忙しいなー→いそがしなー」「関東煮→かんとだき(=おでん)」のように本来長音のものが短くなることもある。ウは円唇後舌狭母音に近く発音される。

その他、イ・ウ段にア・ヤ行音が続く際の「日曜→にっちょ」「好きやねん→すっきゃねん」のような促音+拗音化、他には「洗濯機→せんたっき」、「昨日→きんのー」「小便→しょんべん」「ゴミ箱→ごん箱」のような語中・語尾の撥音化、「何するねん→何すんねん」「電車に乗る→電車ん乗る」のような動詞のラ行音や助詞「に」の撥音化(ダ・ナ行音が続く場合)などが特徴的である。

アクセントは京阪式アクセントであり、大阪市内だけでなく大阪府全域でも地域差がほとんどないが、世代間での違いはかなり大きい(以下例[13])。

  • 高年=アノオトレワ フネ ナカシンジテルミタイヤ(=あの男は、あれは船の中にあると信じているようだ)
  • 中年=アノオトコ アレワ フネ ナカト シンジテルタイヤ
  • 若年=アノオトコ アレワノ ナニ アト シンジテルタイヤ

他、谷崎潤一郎は発音の特徴として以下の例をあげている。

東西の婦人の声の相違は、三味線の音色に例を取るのが一番いゝ。私は、長唄の三味線のやうな冴えた音色の器楽が東京に於いて発達したのは誠に偶然でないと思ふ。東京の女の声は、良くも悪くも、あの長唄の三味線の音色であり、又実にあれとよく調和する。キレイと云へばキレイだけれども、幅がなく、厚みがなく、円みがなく、そして何よりも粘りがない。だから会話も精密で、明瞭で、文法的に正確であるが、余情がなく、含蓄がない。大阪の方は、浄瑠璃乃至地唄の三味線のやうで、どんなに調子が甲高くなつても、其の声の裏に必ず潤ひがあり、つやがあり、あたゝか味がある。 — 谷崎潤一郎「私の見た大阪及び大阪人」[14]

  1. ^ 楳垣編(1962)、429頁。
  2. ^ a b 橋爪監修(2009)、12頁。
  3. ^ 平山ほか編(1997)、10頁。
  4. ^ 岡田・楳垣(1962), 506頁。
  5. ^ 山本(1962), 427-429頁。
  6. ^ 高木(2018), 74頁。
  7. ^ 原文ママ。「豊能町西部」の誤記か
  8. ^ 高木(2018), 77-79頁。
  9. ^ 楳垣・岡田(1962), 506頁。
  10. ^ 鎌田良二『兵庫県方言文法の研究』、1979年、桜楓社
  11. ^ 都染(2018), 83頁。
  12. ^ 前田(1977)、47頁。
  13. ^ 平山ほか編(1997)、19頁。
  14. ^ 谷崎潤一郎「私の見た大阪及び大阪人」、昭和七年二月~四月、『中央公論』
  15. ^ 宮本慎也の2006年12月のブログより[要出典]
  16. ^ 札埜(2006)、p13-23
  17. ^ 札埜(2006)、p13-23。朝日新聞大阪本社社会部編『ごめんやす「おおさか弁」』(1994年、リバティ書房)からの引用。
  18. ^ 前田(1977)、45頁。
  19. ^ 「新生」1947年(昭和22年)1月
  20. ^ 千葉桂司. “歴史都心船場のことばを守り伝える活動をする『伝統を守る なにわの会』”. JUDI関西. 2009年4月9日閲覧。
  21. ^ 彭飛(1993)『大阪ことばの特徴』和泉書院 p.14
  22. ^ 文学作品にみられる船場言葉と河内弁:谷崎純一郎「細雪」今東光「悪名」より」『大阪教育大学附属天王寺中学校 自由研究』2016年。 
  23. ^ 堀井令以知(1995)『大阪ことば辞典』東京堂出版 p.76
  24. ^ 前田勇(1977)『大阪弁』朝日新聞社
  25. ^ 楳垣実(1955)『船場言葉』近畿方言学会
  26. ^ 前田(1977)、31-32頁。
  27. ^ 金水(2003)、82-83頁。
  28. ^ 金水敏 (2003), 役割語の不思議な世界, http://www.let.osaka-u.ac.jp/~kinsui/ronbun/nightessay.html 2008年5月4日閲覧。 
  29. ^ 牧村史陽『大阪ことば事典』講談社、1979年。ISBN 978-4-06-158658-1 
  30. ^ a b 名物編集者の「一人語り劇場」と大阪愛関西テレビFNNスーパーニュースアンカー」2010年12月22日放送
  31. ^ 金水(2003)、84-85頁。
  32. ^ 金水(2003)、85-91頁
  33. ^ 八編下、472頁。
  34. ^ 札埜(2006)、p24-25では「がめつい」という言葉自体『がめつい奴』に由来しているとしており、つまり菊田の造語であると説明している。
  35. ^ 金水(2003)、92-95頁。
  36. ^ 札埜(2006)、p33-34。「お笑いの言葉と大阪弁―吉本興業の力とは―」『日本語学』2004年9月号からの引用。
  37. ^ 金水(2003)、90頁。
  38. ^ 金水(2003)、95-98頁。
  39. ^ 日本経済新聞社「大阪の挑戦 快適ナンバー1都市をめざして」ISBN 4-532-14109-5
  40. ^ 【新聞に喝!】関西大学副学長・黒田勇 (1-2ページ)」、「【新聞に喝!】関西大学副学長・黒田勇 (2-2ページ)MSN産経ニュース2009年10月31日。リンク切れ。
  41. ^ 大阪の今を知るとっておきの3冊 現在と過去が二重写しに毎日jpブックウオッチング
  42. ^ 楳垣編(1962), 598-607頁。
  43. ^ 山口幸洋岸江信介大阪方言談話資料の分析:文法とアクセント」『言語文化研究』第10巻、2003年、ISSN 13405632 






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