土肥実平 土肥実平の概要

土肥実平

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/09 00:25 UTC 版)

 
土肥 実平
土肥実平/『前賢故実江戸時代、画:菊池容斎
時代 平安時代末期 - 鎌倉時代初期
生誕 不詳
死没 建久2年11月25日1191年12月13日)?[1][2]
別名 次郎[2]、万寿冠者[2]
戒名 實渓大眞、通玄院仁山義公[2]
墓所 神奈川県湯河原町の万年山城願寺
幕府 鎌倉幕府
主君 源頼朝
氏族 桓武平氏良文流中村氏土肥氏
父母 父:中村宗平
兄弟 中村重平、実平土屋宗遠、二宮友平
堺頼平[3]岡崎義実室、伊東祐親
土肥の女房
遠平[2]新開実重
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土肥の椙山の「しとどの窟」。真鶴にも「しとどの窟」跡がある

相模国の有力豪族中村氏の一族で、足下郡(現在の神奈川県足柄下郡湯河原町および真鶴町)土肥郷を本拠とし早川荘預所を務め、父や弟の土屋宗遠と共に相模国南西部において「中村党」と称される有力な武士団を形成していた。

現在のJR東海道本線湯河原駅から城願寺の辺りが居館であったと言われている。


  1. ^ 菱沼一憲は、実平がたまたま陣に現れた義経を取り次いだのではなく、頼朝と義経を引き合わせるための取り成しをしたとする。
  2. ^ 他の6名は、北条義時小山朝政和田義盛梶原景時比企能員畠山重忠
  1. ^ 東京帝国大学文学部史料編纂所編 1927, §小早川家系圖.
  2. ^ a b c d e 今井尭ほか編 1984, p. 340.
  3. ^ 平凡社編.
  4. ^ a b c d 菱沼一憲 2011, pp. 162–164, 170–172.
  5. ^ a b 安田元久編 1985, p. 429.


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