北欧神話
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王と英雄
この神話文学には超自然的な生き物たちもさることながら、英雄や王たちの伝説にも関連している。物語に登場する氏族や王国を設立した人物たちは、実際に起こったある特定の出来事や国の起源などの例証として、非常に重要であるという。この英雄を扱った文学は他のヨーロッパ文学に見られる、叙事詩と同様の機能を果たし、民族の固有性とも密接に関連していたのではないかと考えられている。伝説上の人物はおそらく実在したモデルがあったとされ、スカンディナヴィアの学者たちは何代にもわたって、サガにおける神話的人物から実際の歴史を抽出しようと試みているのである。
ウェーランド・スミス(鍛冶師のヴィーラント)とヴォルンドル、シグルズとジークフリート、スキールニルとスヴィプダグ、盲目の神ヘズと英雄ホテルス、そしておそらくはベオウルフとボズヴァル・ビャルキ(英語版)など、時折ゲルマンのどの世界で叙事詩が残存していたかにより、英雄も様々な表現形式で新たに脚色される。他にも、著名な英雄にはハグバルズ、スタルカズ、ラグナル・ロズブローク(粗毛ズボンのラグナル)、シグルズ金環王、イーヴァル広範王(イーヴァル・ヴィーズファズミ)、ハラルド戦舌王(ハーラル・ヒルデタンド)などがいる。戦士に選ばれた女性、盾持つ処女も著名である。女性の役割はヒロインとして、そして英雄の旅に支障をきたすものとして表現されている。
北欧の崇拝
信仰の中心
ゲルマンの民族が現代のような神殿を築くようなことは、まったくなかったかもしくは極めて稀なことであった。古代のゲルマンおよびスカンディナヴィアの人々により行われた礼拝の慣例ブロート(供儀)は、聖なる森で行われたとされるケルト人やバルト人のものと似通っている。礼拝は家の他にも、石を積み上げて作る簡素な祭壇ホルグで行われた。しかし、カウパング(シーリングサルとも)やライヤ(レイレとも)、ガムラ・ウプサラのように、より中心的な礼拝の地が少ないながら存在していたように見える。ブレーメンのアダムは、ウプサラにはトール・オーディン・フレイの3柱を模った木像(神像)が置かれる、神殿があったと主張している。真ん中には主神トールが鎮座していた。
司祭
聖職のようなものは存在していたと思われる一方で、ケルト社会における司祭ドルイドの位ほど、職業的で世襲によるものではなかった。これは、女性預言者及び巫女たちが、シャーマニズム的伝統を維持していたためである。ゲルマンの王権は、聖職者の地位から発展したのだともよく言われている。この王の聖職的な役割は、王族の長であり生贄の儀式を執り行っていた、ゴジの全般的な役割と同列である。シャーマニズム的考え方を持っていた巫女たちも存在してはいたが、宗教そのものはシャーマニズムの形態をとっていない。
人間の生贄
ゲルマンの人間の生贄を見た唯一の目撃者の記述は、奴隷の少女が埋葬される君主と共に自ら命を差し出したという、ルス人の船葬について書かれたイブン・ファドラーンの記録の中に残っている。他にも遠まわしではあるが、タキトゥスやサクソ・グラマティクス、そしてブレーメンのアダムの記述に残っている。
しかし、イブン・ファドラーンの記述は実際には埋葬の儀式である。現在理解されている北欧神話では、奴隷の少女には「生贄」という隠された目的があったのではという理解がなされた。北欧神話において、死体焼却用の薪の上に置かれた男性の遺体に女性が加わって共に焼かれれば、来世でその男性の妻になれるであろうという考え方があったとも信じられている。奴隷の少女にとって、たとえ来世であっても君主の妻になるということは、明らかな地位の上昇であった。
ヘイムスクリングラでは、スウェーデンの王アウンが登場する。彼は息子エーギルを殺すことを家来に止められるまで、自分の寿命を延ばすために自分の9人の息子を生贄に捧げたと言われる人物である。ブレーメンのアダムによれば、スウェーデン王はウプサラの神殿でユールの期間中、9年毎に男性の奴隷を生贄としてささげていた。当時スウェーデン人たちは国王を選ぶだけでなく王の位から退けさせる権利をも持っていたために、飢饉の年の後に会議を開いて王がこの飢饉の原因であると結論付け、ドーマルディ王と〈木樵り〉(トレーテルギャ)のオーラヴ王の両者が生贄にされたと言われている。
知識を得るためユグドラシルの樹で首を吊ったという逸話からか、オーディンは首吊りによる死と結びつけて考えられていた。こうしてオーディンさながら首吊りで神に捧げられたと思われる古代の犠牲者は窒息死した後に遺棄されたが、ユトランド半島のボグでは酸性の水と堆積物により完全な状態で保存された。近代になって見つかったこれらの遺体が人間が生贄とされた事実の考古学的な裏付けとなっており、この一例がトーロン人である。しかし、これらの絞首が行なわれた理由を明確に説明した記録は存在しない。
キリスト教との相互作用
北欧神話を解釈する上で重要なのは、キリスト教徒の手により「キリスト教と接触していない」時代について書かれた記述が含まれているという点である。『散文のエッダ』や『ヘイムスクリングラ』は、アイスランドがキリスト教化されてから200年以上たった13世紀に、スノッリ・ストゥルルソンによって書かれている。これにより、スノッリの作品に多くのエウヘメリズム思想が含まれる結果となった。
事実上、すべてのサガ文学は比較的小さく遠い島々のアイスランドから来たものであり、宗教的に寛容な風土ではあったものの、スノッリの思想は基本的にキリスト教の観点によって導かれている。ヘイムスクリングラはこの論点に興味深い見識を備える作品である。スノッリはオーディンを、魔法の力を得、スウェーデンに住む、不死ではないアジア大陸の指導者とし、死んで半神となる人物として登場させた。オーディンの神性を弱めて描いたスノッリはその後、スウェーデン王のアウンが自身の寿命を延ばすために、オーディンと協定を結ぶ話を創る。後にヘイムスクリングラにおいてスノッリは、作品中のオーラヴ2世がスカンディナヴィアの人々を容赦なくキリスト教へ改宗させたように、どのようにしてキリスト教へ改宗するかについて詳述した。
偶像崇拝を禁するユダヤ・キリスト教とはしばしば対立することもあった。
アイスランドでは内戦を避けるため全島民がキリスト教に改宗した。キリスト教から見ての異教崇拝は自宅での隠遁の信仰で耐え忍んだが、数年後にその信仰は失われた(「アイスランドのキリスト教化」を参照)。一方スウェーデンは、11世紀に一連の内戦が勃発し、ウプサラの神殿の炎上で終結する。イギリスでは、キリスト教化がより早く散発的に行われ、稀に軍隊も用いられた。弾圧による改宗は、北欧の神々が崇拝されていた地域全体でばらばらに起こっている。しかし、改宗は急に起こりはしなかった。キリスト教の聖職者たちは、北欧の神々が悪魔であると全力を挙げて大衆に教え込んだのだが、その成功は限られたものとなり、ほとんどのスカンディナヴィアにおける国民精神の中では、そうした神々が悪魔に変わることは決してなかった。
キリスト教化が行われた期間は、例としてローヴェン島やベルゲンを中心に描かれている。スウェーデンの島、ローヴェン島における墓の考古学的研究では、キリスト教化が150から200年かかったとされ、場所も王侯貴族が住んでいた所に近かった。同様に騒々しく貿易が行われた町ベルゲンでは、ブリッゲン碑文の中に、13世紀のものと思われるルーン文字の碑文が見つかっている。その中にはトールに受け入れられますように、オーディンに認められますように等と書かれたものがあり、キリスト教化が進んでいる世界で、古ノルド語の魔術ガルドル(セイズ (Seið) とも)も描かれている。記述の中にはヴァルキュリャのスケグルに関するものもあった。
14世紀から18世紀にかけての記述はほとんどないものの、オラウス・マグヌス(1555年)のような聖職者は、古くから根づく信仰を絶滅させることの難しさを書いた。この物語はハグバルドとシグニューの恋愛物語のように、快活に描かれた『スリュムの歌』にも関連しており、どちらも17世紀と19世紀終わりごろに記録されたと考えられている。19世紀と20世紀に、スウェーデンの民族学者たちは一般の人々が信じ、北欧神話における神々の残存する伝承を記録したが、その当時伝承は結集されたスノッリによる記述の体系からはかけ離れたものであったという。トールは数々の伝説に登場し、フレイヤは何度か言及されたが、バルドルは地名に関する伝承しか残っていなかったそうである。
特にスカンディナヴィアの伝承における超自然的な存在のように、認知されてはいないが北欧神話の別の要素も残されている。その上、北欧の運命の考え方は現代まで不変のものであった。クリスマスに豚を殺すスウェーデンのしきたり(クリスマス・ハム)など、ユール伝承の原理も多くが信じ続けられた。これはもともとフレイへの生贄の一部であった。
注釈
- ^ フィンランド人はゲルマンとは全く系統の違う民族である。
- ^ スノリのエッダ「詩語法」に伝えられる、ドヴェルグの兄弟ブロックとエイトリとの賭けに負けたときのロキの姿。
- ^ ただし「ギュルヴィたぶらかし」17章においては、さらに上に第二の天アンドラングと第三の天ヴィーズブラーインがあるとされる。
- ^ 「ギュルヴィたぶらかし」9章の記述による。「巫女の予言」18節によればオーディン、ヘーニル、ローズルの三神。
- ^ それぞれウルズ(ウルド)、ヴェルザンディ(ヴェルダンディ)、スクルドという名で、各々は過去、現在、未来を司る。
- ^ まだ若かったヤドリギ以外、この世に存在するすべてのものは、バルドルを傷つけられないと約束されていた。しかし、ロキはこの唯一の弱みを利用し、ヤドリギの矢を造ってオーディンの息子でありバルドルの兄弟でもある盲目のヘズを騙して、矢を使わせバルドルを殺すことに成功する。ヘルは全世界の人々が嘆き悲しむのであれば、彼を蘇らせようと言った、という内容の物語。
- ^ 底本はG.ネッケル・H.クーン編『Edda』(Heidelberg 1962 第3版)およびA.ホルツマルク・J.ヘルガソン編『Snorri Sturluson, Edda』(Stockholm 1950 第2版)[6]。奥付の編者について、第1刷では「V.G.ネッケル, H.クーン, A.ホルツマルク, J.ヘルガソン」表記になっており、例えば国立国会図書館の書誌情報(国立国会図書館サーチ:R100000002-I000001274352)もその表記となっているが、正しくは「G.ネッケル, H.クーン, A.ホルツマルク, J.ヘルガソン」。近年の刷では修正されている(2021年3月25日第24刷で確認)。
出典
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