加群の直和 付加的な構造をもった加群の直和

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加群の直和

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/07 03:48 UTC 版)

付加的な構造をもった加群の直和

考えている加群が付加的な構造(例えばノルム内積)をもっていれば、加群の直和もしばしばこの付加的な構造をもつようにできる。この場合、付加的な構造をもっているすべての対象の適切なにおける余積を得る。2つの顕著な例はバナッハ空間ヒルベルト空間に対して起こる。

古典的なテクストには、さらに体上の多元環の直和の概念を導入するものもある。しかしながらその構成は、多元環の圏における余積ではなくて直積を与えるものになる(次の節の注意を参照、あるいは自明でない単位的環の無限族に加法群としての直和をとり成分ごとの積を入れたものは単位元を持たないことを想起せよ)。

多元環の直和

多元環 XY の直和とは、ベクトル空間の直和に積を

で入れたものをいう。これらの古典的な例を考えよう:

  • 分解型複素数環同型であり、区間算術英語版においても使われる。
  • は 1848 年にジェームズ・コックル英語版によって導入されたテッサリンの多元環である。
  • は、分解型双四元数英語版と呼ばれ、1873 年にクリフォード英語版によって導入された。

ジョゼフ・ウェダーバーン英語版は、自身の超複素数の分類において、多元環の直和の概念を利用した (Wedderburn, Lectures on Matrices (1934), page 151)。ウェダーバーンは多元環の直和と直積の違いを以下のように明らかにしている。すなわち、直和に対して係数体は両方の成分に同時に作用する () が、一方で直積に対しては両方ではなく一方のみがスカラー倍される ().

Ian R. Porteous は上記の直和三つをそれぞれ と書いて、自身の Clifford Algebras and the Classical Groups (1995) で係数体として用いた。

注意
上記の構成は、ウェダーバーンの用いた直和と直積の語法に従ったものだが、これは圏論で用いる直和と直積の慣習とは異なる。圏論的な用語では、ウェダーバーンの意味での直和は圏論的直積であり、一方ウェダーバーンの意味での直積は余積(圏論的直和)である(実はこれは(可換多元環に対して)多元環のテンソル積に対応する)。

合成代数

合成代数 (A, ∗, N)体上の多元環 A, 対合 および「ノルム」N(x) = xx* からなる。任意の体 K に対して、K と自明なノルム(つまり N(x) = x2)から始まる合成代数の系列が生じてくる。この系列は、多元環の直和 AA を作って新たな対合 (x, y)* = x* − y を入れるという帰納的な手続きによって得られる。

レオナード・E・ディクソン四元数を二重化して八元数を得るためにこの構成を発明しており、直和 AA を利用するこの二重化法はケイリー–ディクソン構成と呼ばれる。実例として、K = ℝ実数体)から始めれば、系列として複素数四元数八元数十六元数が生成される。また K = ℂ複素数体)と自明なノルム N(z) = z2 から始めれば、以下双複素数双四元数英語版双八元数と続く。

マックス・ツォルンは、古典的なケイリー–ディクソン構成では先の (ℂ, z2) の系列に属する代数の部分多元環として生じるいくつかの合成代数(特に分解型八元数)を取りこぼしてしまうことに気が付いた。そのために修正されたケイリー–ディクソン構成(これもまたもとの多元環 A から直和 AA を作る方法に基づく)は、実数、分解型複素数分解型四元数英語版分解型八元数の系列を作るのに利用される。

バナッハ空間の直和

二つのバナッハ空間 X, Y の直和とは、XY を単にベクトル空間と見なしてとった直和に、ノルムを

によって定めたものをいう。

一般に、バナッハ空間の族 Xi で、添字 i添字集合 I をわたるものとするとき、直和 は、I 上で定義された函数 x であって、x(i) ∈ Xi (∀iI) かつ

を満たすものすべてからなる加群である。ノルム ‖ x ‖ は上記の和で与えるものとすれば、このノルムを伴った直和は再びバナッハ空間となる。

例えば、添字集合を I = N にとり Xi = R であれば、直和 iNXi はノルム ‖ a ‖ := ∑
i
|ai|
が有限となる実数列 (ai) 全体の成す数列空間 l1 である。

バナッハ空間 X の閉部分空間 A補空間を持つ (complemented) とは、X の別の閉部分空間 B が存在して X は内部直和 AB に等しいことをいう。必ずしもすべての閉部分空間が補空間を持つわけでないことに注意しよう、例えば零列の空間 c0 は有界数列の空間 l において補空間を持たない。

双線型形式付き加群の直和

I を添字集合とする、双線型形式を備えた加群の {(Mi, bi) : iI} に対し、それらの直交直和 (orthogonal direct sum) とは、単に加群としてのそれらの直和であって、

で定義される双線型形式 B をもったものを言う[1]

ここで、上記の和に非零の項は有限個しか現れないから、この和は添字集合 I が無限集合であっても意味を成す。また、複素係数の場合には双線型を半双線型に置き換えて同様のことができる。

ヒルベルト空間の直和

前節と同様の仕方で、有限個のヒルベルト空間 H1, …, Hn が与えられたとき、

を内積として直交直和が定義できる。 得られる直和は与えられたヒルベルト空間を互いに直交する部分空間として含むヒルベルト空間である。

無限個のヒルベルト空間 Hi (iI) が与えられたときにも、同じ構成を行うことができる(内積の定義に際して、非零な成分は有限個ゆえ実質有限和となることに注意する)。ただし得られるのは内積空間にはなるけれども、必ずしも完備にならない。そこで、この内積空間の完備化をヒルベルト空間 Hi のヒルベルト空間としての直和と定義する。

あるいは同じことだが、I 上定義された函数 α

を満たすもの全体の成す空間として Hi たちのヒルベルト空間の直和を定義することもできる。このとき、そのような函数 αβ の内積は

で与えられる。この空間は完備であり、確かにヒルベルト空間が得られている。

例えば、添字集合を I = N にとり Xi = R とすれば、直和 はノルム ‖ a ‖ :=
i
|ai|
が有限となる実数列 (ai) 全体の成す空間 l2 である。これをバナッハ空間の例と比べると、バナッハ空間の直和とヒルベルト空間の直和は必ずしも同じではないことがわかる。しかし有限個の成分しかないならば、バナッハ空間の直和はヒルベルト空間の直和と同型である(ノルムは異なるかもしれないが)。

すべてのヒルベルト空間は基礎体(RC)の十分たくさんのコピーの直和に同型である。これはすべてのヒルベルト空間は正規直交基底をもつという主張と同値である。より一般に、ヒルベルト空間の任意の閉部分空間は補空間をもつ(とくに直交補空間がとれる)。逆に、リンデンシュトラウス–ツァフリーリの定理英語版の述べるとおり、与えられたバナッハ空間の任意の閉部分空間が補空間を持つならば、そのバナッハ空間は(位相的に)ヒルベルト空間に同型である。


  1. ^ Milnor, J.; Husemoller, D. (1973). Symmetric Bilinear Forms. Ergebnisse der Mathematik und ihrer Grenzgebiete. 73. Springer-Verlag. pp. 4–5. ISBN 3-540-06009-X. Zbl 0292.10016 


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