一様空間
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/02 03:01 UTC 版)
また擬距離空間のみならず位相群(とくに位相ベクトル空間)に関しても自然な一様構造が定まる事が知られている為、一様空間の概念は関数解析学において有益である。
位相空間との違いは、位相空間が収束性、すなわち点に「近づく」事を定義可能な概念であるのに対し、一様空間ではある点が別の点に「近い」事が定義できる。しかしこの「近さ」は擬距離構造のように実数値で全順序づけされておらず、近縁と呼ばれる部分集合に属するかどうかで判断する半順序的なものである。
定義と基本的な性質
一様空間は、集合Xと、一様構造と呼ばれるX×Xの部分集合の族の組として定義される。の元Uは近縁と呼ばれ、直観的には(x, y) ∈ Uとなる事はxとyが(Uに入る程度には)「近い」事を意味する。例えば擬距離空間の場合には2点間の距離がε以下になるX×Xの部分集合Uεを
と定義し、
を満たすU ⊂ X×Xを近縁とみなす事で自然に一様空間とみなせる事が知られている(詳細後述)。
一様空間の定義
一様空間やそれに関係する概念を定義するために、まず記号を定義する。
記号の定義 ― Xを集合とし、U, V ⊂ X×Xを任意の部分集合とし、さらにa ∈ Xを任意の元とするとき、以下のように記号を定義する:
一様空間は厳密には、近縁全体の集合が下記の抽象的な公理を満たす事をもって定義される。前述した擬距離空間における近縁が下記の公理を満たす事を容易に確かめられる:
定義 (一様空間) ― Xを集合とし、をX×Xの部分集合の族とする。が以下の性質を満たすとき、組を、を一様構造[1](英: uniformity[2]) とする一様空間[1](英: uniform space[2])といい、の元を近縁[1](英: entourage[3][4]、英: vicinity[4])という[5]:
- 任意のx ∈ Xと任意の近縁Uに対し、(x, x) ∈ Uである。
- Uが近縁なら、V ⊃ Uとなる任意のV ⊂ X×Xは近縁である。
- U、Vが近縁なら、U ∩ Vも近縁である。
- 任意の近縁Uにはとなる近縁Vが存在する。
- Uが近縁なら、U-1も近縁である。
一様構造を一般化した概念として以下のものがある:
- が条件2,3以外の3つを満たすとき、を前一様構造[訳語疑問点](英: preuniformity[6])という。
- 条件5以外の4つを満たすとき、は準一様構造[訳語疑問点](英: quasi-uniformity[7][8][9]) であるという。
条件2,3はがフィルターである事を要求している。前述した擬距離空間における例では
が前一様構造になっている事を容易に確かめられる。
一方、準一様構造は一様構造の別の側面から一般化しており、擬距離から近縁を定義すれば一様構造が定まるのに対し、準擬距離[訳語疑問点](英: quasi-pseudometric)から近縁を定義すれば準一様構造が定まる。
一様構造から定まる位相
距離構造が定める位相の定義を自然な一般化する事で、一様構造が定める位相を定義できる:
定義 ― 一様空間に対し、下記の性質を満たす集合V ⊂ Xを開集合とみなす位相を定める事ができるこれを一様構造がXに定める位相(英: topology of unifomity )もしくは一様位相[1][注 1](英: uniform topology)という[10]:
位相空間の一様化可能性
上で一様空間には必ず位相構造が入る事を見たが、逆に位相空間上にそれと両立する一様構造が入る条件は以下のとおりである:
定理 (位相空間の一様化可能性) ― 位相空間に対し、以下は同値である[11]:
- X上の一様構造が存在し、はが定める一様構造と一致する
- は完全正則空間(詳細下記)である。
ここで位相空間の完全正則性は分離公理の一つであり、以下のように定義づけられる:
完全正則でない位相空間は一様化可能ではないが、「準一様化」は可能である。なお下記の定理において「準一様構造の定める位相」は「一様構造が定める位相」と同様に定義する。
定理 (任意の位相空間は準一様化可能) ― 任意の位相空間に対し、Xの準一様構造でが定める位相がに一致するものが必ず存在する[9]。
一様連続性、一様同型
一様空間では一様連続性が定義可能である:
定義 (一様連続性) ― 、を一様空間とする。このとき写像
が一様連続(英: uniformly continuous)であるとは、任意のに対し、
が成立する事を言う[12]。
fが一様連続な全単射で、しかもf-1も一様連続なとき、fを一様同型写像(英: uniformly isomorphism)といい[12]、XとYは一様同型(英: uniformly equivalent)であるという[12]。
後述するように、擬距離から定まる一様構造の場合は、上記の概念は擬距離空間における一様連続性の概念と一致する。 一様連続な関数は必ず連続である:
定理 (一様連続なら連続) ― 一様空間から一様空間への写像が一様連続なら、一様構造、が定める位相によりX、Yを位相空間とみなしたときは連続である[13]。
一様空間の生成
一様空間の具体例を出す前準備として、本節では一様空間の生成の概念とそれに関連する概念を定義する。これらの概念は位相空間の場合と同様に定義できる。
ここで「最小」とは包含関係を大小関係とみたときの最小を意味する。なお「最小のものが存在すれば」と断っているのは、位相空間の場合とは異なり、Xとの選び方によってはとなる最小の一様構造が存在しない場合がある[14][注 2]からである。しかしが前一様構造であればこうした問題は起こらない:
前一様構造は以下の定理を満たす:
定理 ―
以上の事実の系として次が従う:
系 ― Xを集合を一様空間の族とし、各λ∈Λに対しを写像とする。
このとき全てのλ∈Λに対してを一様連続とするX上の最小の一様構造が存在する[16]。
上の系の特殊な場合として以下の一様構造を定義できる:
定義 ―
一様被覆による一様空間の定義
定義
我々は近縁の概念を用いて一様空間を定義したが、被覆という概念を用いても一様空間を特徴づける事ができる。まずこの定義を行うために必要な概念を定義する。
定義 (被覆、細分、星型細分) ― 集合Xの被覆(英: covering)とはXの部分集合の集合で、
を満たすものの事をいう。
さらにをXの2つの被覆とするとき、が の細分(英: refinement)であるとは、の任意の元Bに対し、の元Aが存在し、を満たす事をいう。
をXの2つの被覆とするとき、 が の星型細分[訳語疑問点](英: star refinement)であるとは、に対し、
と定義するとき、任意のに対し、あるが存在し、
となる事をいう[18]。
定義 (被覆による一様構造の定義) ― 集合X上の一様構造とは、X上の被覆の集合で以下の性質を満たすものの事をいい、の元をXの一様被覆[訳語疑問点](英: uniform cover)という[19][18]:
- 任意のに対し、あるで、双方の星型細分になっているものが存在する。
- Xの任意の被覆に対しの細分での元になっているものがあればである。
同値性
被覆による一様構造の定義と区別するため、本項でこれまで扱ってきた一様構造の定義を対角線による一様構造の定義と呼ぶ事にすると、この2つの一様構造の定義はいわば「同値」であり、対角線による定義から被覆による定義を導け、その逆も導ける。
Xを集合とし、を対角線によるX上の一様構造とするとき、
とし、
- Xの被覆 の細分でに属するものが存在する
とすると、は被覆による一様構造になる[19]。
逆にを被覆によるX上の一様構造とするとき、
とし、
とすると、は対角線によるX上の一様構造になる[19]。
具体例
本項ではすでに一様構造の具体例として擬距離から定まる一様構造を見たが、本節ではさらに以下の具体例を見る:
- 位相群から定まる一様構造
- 密着一様構造
- 離散一様構造
位相群から定まる一様構造については、特に重要なのは位相ベクトル空間を加法に関して位相群とみなした場合である。任意の位相群に一様構造が定まるので、特に位相ベクトル空間に対して一様構造が定まる事になる。後述するように一様空間上では完備性のような解析学で必須となる性質が定義できるので、有益である。
残りの2つは位相構造における密着位相、離散位相にそれぞれ対応するもので、これらの一様構造が定める位相はそれぞれ密着位相、離散位相に一致する。
もっと重要な例として(1つの擬距離ではなく)複数の擬距離の集合から定まる一様構造が具体例として挙げられる。後述するように、擬距離の集合から一様構造が定まるだけでなく、逆に任意の一様構造は何らかの擬距離の集合から定まる事を示す事ができる。この具体例については節を改めて詳しく調べる。
位相群
本節では位相群に一様構造が入る事を見る。
定理・定義 ― を位相群とする。Gの単位元eの開近傍 に対し、
- 、
と定義すると、
- 、
はいずれも一様構造の基底となる。、を基底とする一様構造、をそれぞれGの左一様構造(英: left unifomity[20])、右一様構造(英: right unifomity[20])という。
さらにを準基底とする一様構造が存在し、これを両側一様構造(英: two-sided unifomity[20])という。
これら3つの一様構造の定める位相構造はもとの位相構造と一致する:
定理 ― 上と同様に記号を定義するとき、、、が定める位相構造はいずれもと一致する[20]。
特別な名称はないもののによって生成される一様構造も考える事ができる[21]。
、はそれぞれ左不変、右不変な擬距離の集合により特徴づける事ができるがこれについては後述する。
密着一様構造と離散一様構造
本節では位相空間における密着位相、離散位相と同様、一様空間でも密着一様構造、離散一様構造が定義できる事を見る。
定義・定理 (密着一様構造) ― Xを集合とするとき、一元集合
は一様構造の公理を満たす。この一様構造を密着一様構造[訳語疑問点](英: indiscrete uniformity[22])という[22]。密着一様構造が定める位相は密着位相と一致する[22]。
定義・定理 (離散一様構造) ― Xを集合とし、をX × Xの対角線とする。このとき、対角線を含む全ての部分集合の集合
は一様構造の公理を満たす。この一様構造を離散一様構造[訳語疑問点](英: discrete uniformity[22])という[22]。離散一様構造が定める位相は離散位相と一致する[22]。
密着一様構造はX × X上恒等的に0になる擬距離から定まる一様構造と一致し[22]、離散一様構造は離散距離
から定まる一様構造と一致する。しかし下記に示すように、X上に離散位相を定める距離dであっても、dから定まる一様構造が離散一様構造ではないケースが存在する[22]:
dから定まる位相構造が離散位相である事は明らかなので、dから定まる一様構造は離散一様構造ではない事のみを証明する。
x → ∞のとき、arctan(x)は有限の極限(= 1)を持つので、任意のε > 0に対し、
は対角線以外に無限個の元を持つ。よって、
であるので、dにより定まる一様構造は定義より、
であり、は離散一様構造ではない。
出典
- ^ a b c d “固有な作用の一様連続性について”. pp. 5-6. 2021年4月7日閲覧。
- ^ a b #Kelly p.176.
- ^ #EoM
- ^ a b #Schechter p.118.
- ^ #Kelly p.176.
- ^ #Schechter p.118.
- ^ Hans-Peter A.Künzi. “e-9 - Quasi-Uniform Spaces”. Encyclopedia of General Topology. 2021年4月7日閲覧。
- ^ #Subrata p.8
- ^ a b #Peter p.2.
- ^ #Kelly p.178.
- ^ a b #Schechter p.442.
- ^ a b c d e #Kelly pp.180-181.
- ^ #Kelly p.181.
- ^ a b c d e #Schechter p.121.
- ^ Schechter p.122.
- ^ #Schechter pp.218-219.
- ^ a b #Kelly p.182.
- ^ a b #Borchers-Sen pp.159-161
- ^ a b c #Hart pp.259.
- ^ a b c d e #Kelly pp.210-211.
- ^ #Hart p.259.
- ^ a b c d e f g h Schechter p.120.
- ^ #Schechter pp.120, 503.
- ^ a b #Schechter p.119.
- ^ #Kelly p.187
- ^ #Kelly pp.186-187.
- ^ a b c #Schechter p.42.
- ^ Kelly pp.188-189.
- ^ a b #Kelly p.188
- ^ #Peter pp.4, 6.
- ^ #Kelly p.188
- ^ #Schechter p.484.
- ^ a b #Schechter p.486.
- ^ a b #Schechter p.487.
- ^ a b #Kelly p.186
- ^ a b #Kelly p.204.
- ^ #Schechter p.487.
- ^ #Schechter p.488.
- ^ #Schechter pp.484-485.
- ^ a b #Schechter p.705
- ^ a b #Schechter p.499.
- ^ a b #Schechter p.502.
- ^ a b c #Schechter p.515
- ^ #Schechter p.511
- ^ a b c #Schechter p.511
- ^ a b c d e f #Kelly p.225-229.
- ^ a b #Schechter pp.491-493.
- ^ #Kelly pp.229-231.
- ^ #Kelly pp.231-234
- ^ a b #Schechter p.494.
- ^ a b #Schechter p.497.
- ^ a b #Schechter p.490.
- ^ #Kelly p.198.
- ^ #Schechter pp.505-506.
注釈
- ^ 関数解析では一様収束の位相を一様位相と呼ぶことがあるので注意。
- ^ 離散一様構造があるので、を含む一様構造は少なくとも1つ必ず存在する。しかしを含む一様構造の中で最小のものが存在するとは限らない。
- ^ a b Kellyは一様構造の基底、準基底という概念を定義しているが、これらはいずれも前一様構造とは別概念である。参考までに基底、準基底の定義を載せると以下の通りである:を一様空間とする。このときの部分集合がの基底[訳語疑問点](英: base)であるとは、任意のに対し、となるが存在する事をいう[1]。またの部分集合がの準基底[訳語疑問点](英: subbase)であるとは、の有限個の元の共通部分全体の集合がの基底になっている事をいう[1]。
- ^ 前一様構造である事は保証されるものの、一般には一様構造になると事は保証されない[12]。
- ^ すなわちが可算集合であり、しかも#Kelly p.177の意味での基底(英: base)[注 3]になっているという事。
- ^ 例えばを完備な擬距離空間とし、u0∈Xを任意の点とし、さらにu1をXに属さない任意の点とするとき、とし、上の距離を とする(すなわち、と定義し、それ以外は)と定義する)と、も完備となる。よってXの完備化はX自身ととで2つあることになる。
- 一様空間のページへのリンク