ヨコエビ
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ヨコエビ亜目 |
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分類 |
端脚類の中でも特に種分化が進んだグループで、幅広い環境に多くの種が分布している。世界から9237種が知られており(Lowry & Myers 2017)、日本からは2021年現在で493種について確実な報告がある(有山 2022)。また、10,000m以深のチャレンジャー海淵においても生息が確認されている[1]。淡水にも、温帯や冷帯を中心に1800種以上が見つかっている。陸生のものはそれらに比べれば少ないが、それでも200種以上が海岸の草むらや森の落ち葉の下に生活している。
野外においてしばしば高い密度で生息するため、自然界では分解者として、また他の動物の餌として重要である。たとえば河口域において、ヨコエビ類が堆積した落ち葉を食べ分解すると同時に、魚類の餌となっている事例が知られている(櫻井 2004)。人間にとっての利用価値はほとんどないが、乾燥させたものがカメのカルシウム補給用の餌として販売されている。また、海水魚の飼育においてネズッポ類マンダリンやタツノオトシゴ・ヤッコなどが人工餌に餌付かない場合に生き餌として与えることがあるほか、食べかすの掃除等を目的として水槽内に繁殖させることもある。
形態
名称に「エビ」とあるが十脚目(エビ目)ではない。体長は種により異なり、数mmから十数cmに及ぶが、多くは数mm程度しかなく、1cmを超える種は限られている。ヨコエビ科(Gammaridae)など代表的な種において、体は左右に平たく、横から見ると半円形に似ている。エビ(十脚目)とヨコエビとの主な相違点として、以下の形態的特徴が挙げられる。
- エビ類は眼柄と背甲をもつが、いずれもヨコエビ類にはない
- エビ類の触角は全体が鞭状に伸長し、脚(歩脚)も全体が細長い
- エビ類のエラは高度に発達し羽毛状の構造をもつが、ヨコエビ類のそれは基本的に単純な袋状である
- エビ類では尾節の前半5節が遊泳脚をもった腹節となるが、ヨコエビ類は前半3節が腹節となる
- エビ類は腹部に卵を抱える構造をもつが、ヨコエビ類は胸部に抱卵する
2対の触角を具え、第1触角には3節,第2触角には5節の柄部があり、そこから数節~数十節に及ぶ主鞭が生じる。種により第1触角主鞭の根元に副鞭と呼ばれる短い鞭部を生じる。主鞭にヘラ状感覚毛(aesthetasc)やボタン状感覚器(calceolous),あるいはcallynophoreという器官をもつものが知られるが、種類によりこれを欠く(Bousfield 1994)。複眼は頭部の外骨格に埋没している。基本的に複眼は1対だが、中央部で癒合するもの(クチバシソコエビ科)、2対具えるもの(スガメソコエビ科)、個眼が分散傾向を示すもの(ナギサヨコエビ科の一部)、全く退化するもの(マミズヨコエビ科など暗居性種)が知られる。
第1,2胸脚(歩脚)は特に咬脚と呼ばれており、種によって様々な形状を見せる。左右非対称に発達するもの(メリタヨコエビ科の一部)や、全く消失するもの(マルハサミヨコエビ科の一部)も知られる。咬脚は多くが何かをつかむ機能を持っており、雄間闘争や捕食などに用いているとされる。ヨコエビ類のエラは各胸脚の底節板に生じるが、エラをもつ胸脚は種類により異なる。基本的に単純な袋型をしているが、種により表面に虫垂様の突起を生じる。また、胸節下側の中央部分に胸節鰓をもつグループも知られる。 メスが卵を抱える器官である覆卵葉も、底節板から生じる。
腹節には遊泳を行う腹肢を具える。腹肢には2つの副肢があり、羽毛状の剛毛を密生する。
尾節には、2つの副肢を具えた尾肢を1対ずつ具えるが、種により副肢は片方または両方が消失する。肛門は第3尾肢の付け根付近に位置し、その上には尾節板と呼ばれる器官がある。尾節板にはしばしば種の特徴が表れ、形態分類を行う上で重要である。
生態の多様性
生活様式
ヨコエビ類の多くは水生の底生生物だが、なかには遊泳するもの、さらには陸生のものもいる(大塚 & 駒井 2008)。
陸上生活をするハマトビムシ科の種は跳躍力に優れ、それぞれの和名も「~トビムシ」と名付けられている(トビムシ目(粘管目)の動物も「トビムシ」と呼ばれるが、同じ節足動物門ではあるものの亜門レベルで異なる別物である)。ハマトビムシ科のジャンプは脚ではなく、腹部を下に曲げてバネとする。高さは体の数十倍から100倍に達し、捕食者の眼をくらませるのに役立つ。
底質内に潜り込む習性をもつものや近底遊泳性の種には、「ソコエビ」との和名がつけられている。深海産は大型化する傾向があり、中には20数cmにも達する大型種もいる。
石の下などの隙間に棲むものは体を横に倒して生活することが多く、和名が「ヨコエビ」とつけられている。石をひっくり返すと腹部を激しく振って泳ぎだすが、深い水中ではふつうに体を立てて泳ぎ、再び石などの下に入り込む。これらの種は第5~7胸脚を三脚のように展開して平面上を歩き回ることができ、岩や海藻の表面も横向きのまま移動することがある。
被食
哺乳類
- バイカル湖には多数のバイカルアザラシが生息しているが、植物プランクトンに乏しく生産性の低い閉鎖水系でこれほど水生哺乳類が繁栄することは異例とされている。研究者がアザラシにカメラを取り付けて調査したところ、夜間に頻繁に潜水してヨコエビの一種Macrohectopus branickiiを1匹ずつ捕食し、その数は1日4300匹と見積もられた。バイカルアザラシの歯には特殊なギザギザ構造があり、小さなヨコエビを捕食するたびに歯の隙間から水を排出することで、効率よい捕食が可能になっていると推定される。魚類より栄養段階の低いヨコエビを捕食することが、栄養の乏しい環境でも水生哺乳類が繁栄できる要因の一つと考えられている[2]。
- 海底に潜むスガメソコエビ科がコククジラの主要な餌となっている(内田 1993)。
- 知床では潮間帯上部に生息するヨコエビ類がヒグマUrsus arctosの餌となっているとの報告がある[3]。
鳥類
- 渉禽類にとって、干潟の底質中に生息するヨコエビ類が重要な餌資源となっている。例えば、アカアシシギの主な餌としてドロクダムシ科の一種Corophium voltatorが挙げられる(Goss-Custard 1977)。
魚類
- 海水域および淡水域において、ヨコエビ類に高い選好性をもつ魚類が知られている。例えば、ヒラメ幼魚においてヨコエビ類(アゴナガヨコエビ科)に対して正の選択性が確認されている(片山 2007)。
- ビワマスの餌としてアナンデールヨコエビが圧倒的な割合を占めている(藤岡 2016)。
軟体動物
紐形動物
- 小笠原諸島より知られる外来種のヒモムシGeonemertes pelaensisが、ヨコエビ類(オカトビムシ類)やワラジムシ類などを捕食し、深刻な被害を与えていることが明らかになった(Shinobe et al. 2017)。これら陸棲甲殻類は、海洋島たる小笠原諸島においてその成立過程で定着しえなかったミミズに代わって土壌形成を担っていたため、外来ヒモムシが侵入した地域では植物由来遺物の分解が阻害されることによる物質循環の破綻が危惧されている。
その他
- ヨーロッパミドリガニCarcinus maenasに捕食されていることが明らかになっている(Baeta et al. 2006)。
- ニュージーランドに生息するヒトデの一種Stegnaster inflatusは、体の下側に入り込んだヨコエビを四方から腕を伸ばして口の周りまで追い詰めて捕食することが知られている(Grace 1974)。
寄生
- 鉤頭動物門の一種Polymorphus minutus (Zeder, 1800)は、淡水性のGammarus roeseli,Dikerogammarus villosus(いずれもヨコエビ科)を操作して水面近くまで遊泳させ、次の宿主に発見されやすくする(Médoc, Bollache & Beisel 2006)。鉤頭動物の寄生は海産ヨコエビにおいてもよく知られている。
- 貝形虫の仲間Acetabulastomaには、ヨコエビ類に寄生するものが報告されている(Hart 2013)。
- 微胞子虫の一種Fibrillanosema crangonycisは、Crangonyx pseudogracilis(マミズヨコエビ科)に寄生する(Johanna et al. 2004)。
- 線形動物門の一種Trophomera marionensisは、カイコウオオソコエビと近縁の深海性ヨコエビHirondellea dubiaに寄生する(Leduc & Wilson 2016)。
- グレガリナの仲間Rotundula gammari,Heliospora longissimaが、Gammarus fasciatus(ヨコエビ科)に寄生する(Grunberg 2017)。胞子虫の寄生は陸生ヨコエビにおいても報告されている。
- バイカル湖には、大型ヨコエビ類の覆卵葉内に寄生するヨコエビ類が知られている(Karaman 1976)。
- ^ NHKスペシャル ディープ オーシャン超深海 地球最深(フルデプス)への挑戦 2017年8月27日(日)午後9時00分~9時49分放送
- ^ “バイカルアザラシのユニークな生態:わずか0.1グラムの小さな獲物を1匹ずつ食べていた”. 2020年11月17日閲覧。
- ^ 「知床ヒグマ調査 News Letter No.3」知床財団・知床博物館 平成26年(2014年)8月
- ^ えのすいトリーター日誌 メンダコチャレンジ2016 終章
- ^ #人との関わりを参照
- ^ “ジンベエザメの口内に新種のヨコエビ発見 広島大研究グループ”. 2019年10月28日閲覧。
- ^ 千蟲譜―国立国会図書館デジタルコレクション 三巻27頁 水蚤
- ^ a b “海洋生物(プランクトン) 分類データ LYSIANASSOIDEA”. 2016年1月10日閲覧。
- ^ 世界初 バイカルヨコエビの赤ちゃん誕生!!
- ^ 実験水生生物リスト(国立環境研究所) 2017年3月31日閲覧
- ^ 第19回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品 2017年3月31日閲覧
- ^ “フロリダマミズヨコエビ 安曇野市役所”. 2018年8月19日閲覧。
- ^ The Washington Post「Flesh-eating sea bugs attacked an Australian teen’s legs: ‘There was no stopping the bleeding.’」 2017年8月11日アーカイブ
- ^ フトヒゲソコエビ類は、伝統的にフトヒゲソコエビ科とされていた一群で、現在はいくつもの科に分けられている。水死体から発見されたナイカイツノフトソコエビOrchomene naikaiensisやタダノツノアゲソコエビAnonyx nugax、そして刺し網漁業のヒラメを食い散らかしたとされるAuroi onagawaeも、同じフトヒゲソコエビ類に含まれる。
- ^ 端脚類#人との関わりを参照
- ^ Musées d'angers(全体画像)。Brodébrol(該当部分の拡大)。
- ^ Instructional Web Server The University of Western Ontario
- ^ “Opinion 105. Dybowski's (1926) Names of Crustacea Suppressed”, Opinions Rendered by the International Commission on Zoological Nomenclature: Opinions 105 to 114, Smithsonian Miscellaneous Collections, 73, (1929), pp. 1-3, hdl:10088/23619
- ^ Dybowski 1926 Bull. internat. Acad. Cracovie, (B) 1926:61.
- ^ Barbour, T. (1943), “The Sea and the Cave”, The Atlantic monthly: 99-103
- ^ New Species of Shrimp-Like Crustacean Named after Elton John SCI NEWS 2017年3月31日閲覧
- ^ "CASE3 身勝手な男心vs奇妙な女心". 日曜劇場 ATARU. 29 April 2012. TBS系。
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