フハイカビ フハイカビの概要

フハイカビ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/11/18 14:57 UTC 版)

フハイカビ属
1. Pythium myriotylumの菌糸と胞子嚢
分類
ドメイン : 真核生物 Eukaryota
階級なし : ディアフォレティケス Diaphoretickes
階級なし : SARスーパーグループ SAR supergroup
階級なし : ストラメノパイル Stramenopiles
: 偽菌門 Pseudofungi
または卵菌門 Oomycota
: 卵菌綱 Oomycetes
: ツユカビ目 Peromosporales[注 1]
: フハイカビ科 Pythiaceae
: フハイカビ属 Pythium
学名
Pythium Pringsh. (1858)
タイプ種
Pythium monospermum Pringsh. (1858)
シノニム
  • Artotrogus Mont. (1849)
  • Eupythium Nieuwl. (1916)
  • Nematosporangium (A. Fisch.) J. Schröt. (1897)
  • Rheosporangium Edson (1915)

150種ほどが知られる大きなであったが、分子系統学的研究によって単系統ではないことが示されたため、その範囲が再定義され、多数の種が別属(Elongisporangium, Globisporangium, Phytopythium など)に移された。ただし、これらの属は類似した特徴をもち、以下では現在は別属に移された種も含む広義の意味でのフハイカビ属について解説する。

特徴

フハイカビ属は、細い菌糸からなる糸状菌であり、菌糸は基本的に無隔壁で多核、分枝する[1][5][6][7](図1, 2a上)。寄生しているものでも、吸器(栄養吸収用に宿主細胞に差し込まれる構造)は形成しない[5]。近縁のエキビョウキン属 (Phytophthora) に比べて、一般に成長速度が速い[6]

2a. Globisporangium debaryanum (= Pythium debaryanum) の菌糸(上)と生卵器・造精器(下)
2b. Globisporangium huanghuaiense (= Pythium huanghuaiense の無性生殖器官 (A–F) と有性生殖器官 (G–L)

無性生殖

遊走子鞭毛をもつ胞子)による無性生殖を行う。菌糸の先端または中間部が隔壁によって区切られて遊走子嚢が形成される[1][5]。遊走子嚢の形態には多様性があり、糸状(菌糸と変わらず細い)、膨状(やや膨潤している)、棍棒状、球状などがある[1][5][6][7]。ただし、分類学的整理によって、狭義のフハイカビ属は遊走子嚢が糸状または膨状のもの(図1)に限られている(下記参照)。遊走子は遊走子嚢から直接放出されることはなく、遊走子嚢から管(逸出管)を通って原形質が包嚢(球嚢[6]、vesicle)で包まれた状態で逸出し、ここで原形質が遊走子へと分化した後に、包嚢が破れて放出される[1][6][7]。包嚢は、遊走子嚢の細胞壁内層に由来する[1]。原形質が遊走子に分化し始めてから、数分から30分程度で遊走子が放出される[6]

遊走子は、細胞腹面から前後に伸びる2本の鞭毛をもち、前鞭毛は管状小毛が付随する羽型鞭毛であり、後鞭毛はこれを欠く尾型鞭毛である[1][5][6]。遊走子は、植物の根などに向かって遊泳する走化性(特定の化学物質に向かってまたは遠ざかる方向性をもった運動)を示すことがある[5]。遊走子はふつう数時間遊泳可能であり、らせん状に遊泳する[1]

遊走子は着生し、鞭毛を落として細胞壁を形成し、シスト化(被嚢化)する[1]。シスト化した遊走子は発芽し、菌糸体を形成するが、再び遊走子を形成することを繰り返すこともある[1][5]。また、遊走子の部分が省略され、胞子嚢から直接発芽することもある(このような胞子嚢は分生子ともよばれる)[1][5]

菌糸の一部が膨潤して無性生殖単位となることがあり、hyphal swelling とよばれる[6][7](上図2bA–F)。また同様に菌糸の一部から形成され、厚壁化した無性生殖単位は、厚壁胞子とよばれ、耐久細胞となる[1][5][6]

有性生殖

フハイカビは、生卵器と造精器の配偶子嚢接合による有性生殖を行う[1][5](上図2bG–L, 下図3a)。菌糸体は複相染色体を2セットもつ)であり、生卵器と造精器内で減数分裂が起こり、受精管によって細胞質がつながり、単相のが融合、卵胞子を形成する[1][5][6]。知られている種のほとんどはホモタリック(雌雄同株自家和合性)であるが、ヘテロタリック(雌雄異株自家不和合性)である種も報告されている[1][5][6]

生卵器は菌糸の頂端または中間に形成され、隔壁によって区画化される[1][5]。生卵器が発達した突起で覆われている例もある[1][5](下図3b)。若い生卵器は多核であり、中央にある卵細胞質 (ooplasm) と、それを囲む周辺細胞質 (periplasm) に分化する[1]。卵細胞質はふつう1個の卵(卵球)になるが、Pythium multisporum (= Globisporangium multisporum) などは複数の卵となる[1]。多核であった卵細胞質の核は1–8個に減少し、減数分裂を行う[1][5]

3a. Pythium sulcatum の菌糸と卵胞子
3b. Pythium oligandrum の卵胞子

造精器は生卵器の柄、または別の菌糸に形成され、細い菌糸状だが先端が膨らみ、1個または複数の造精器が生卵器に接する[1]。造精器も多核であるが、1個に減少し、これが減数分裂を行なって4核になる[1]。卵と造精器の間は受精管によってつながり、造精器から単相の核が送られ、受精する[1]。受精卵は厚い細胞壁を形成して卵胞子となり、耐久細胞として機能する[1][6]。この際、周辺細胞質が細胞壁形成に寄与することがある[1]

卵胞子は、ふつう一定の休眠の後に発芽する。直接発芽するものや、胞子嚢を形成するものがある[1][5]

生態

生育環境は極めて多様であり、熱帯から寒帯まで土壌や水域(河川湖沼)に広く分布する[1][7]厚壁胞子や卵胞子は風乾土壌中で数年間生存することもある[5]。基本的に腐生性であり、土壌生態系において分解者としても重要な存在であり、特に生長が速いため基質の分解初期に優占するが、競争には強くない[5][1][8]。また、条件によってさまざまな植物に寄生するもの(条件的寄生性)が存在し、また藻類卵菌菌類動物に寄生するものも知られている[1][7]

β-グルカナーゼやセルラーゼキチナーゼなどを分泌して生物遺体などの有機物を分解し、吸収栄養を行う。生きている生物に寄生し、宿主を分解、または宿主の自己分解によって生じた有機物を利用することもある[1]。植物に対する熱安定性の毒素を生成する例も示唆されている[1]。コーンミール寒天培地 (CMA) など一般的な菌類用培地で純粋培養が可能なものが多い[9][10]

一般的に、植物寄生性のフハイカビ類の宿主範囲は極めて広く、例えば Globisporangium ultimum (= Pythium ultimum) は様々な科に属する150種以上の植物に寄生することが報告されている[1][6]

Pythium oligandrumPythium acanthicumGlobisporangium nunn (= Pythium oligandrum) は、他のフハイカビ属や植物寄生菌など糸状菌に寄生することがある[1]

一部の種を除いて、チアミン要求性はない[6]


注釈

  1. ^ a b フハイカビ目 (Pythiales) として分けることもある[1]

出典

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj Webster, J. & Weber, R. W. S. (2007). “Pythiales”. Introduction to Fungi 3rd Edition. Cambridge University Press. pp. 95–102. ISBN 978-0521014830 
  2. ^ 景山幸二 (2011). “近年発生頻度の高い高温性ピシウムの特徴”. 植物防疫 65: 102-106. 
  3. ^ 東條元昭 (2011). “ピシウム菌の病原菌としての特徴”. 植物防疫 65 (2): 71-76. 
  4. ^ 大宜見朝栄 (1968). “モクマオウの立枯病について”. 琉大農家便り 149: 7-10. 
  5. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s ジョン・ウェブスター著 椿啓介、三浦宏一郎、山本昌木訳 (1985). “フハイカビ属”. ウェブスター菌類概論. 講談社. pp. 161–167. ISBN 978-4061396098 
  6. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q 築尾嘉章 & 東條元昭 (2013). “疫病菌とピシウム菌 類似点と相違点”. 植物防疫 67 (10). 
  7. ^ a b c d e f g h i j 埋橋志穂美 (2015). “Pythium 属の分類および分子系統学的研究”. 日本菌学会会報 56 (1): jjom.H26-07. doi:10.18962/jjom.jjom.H26-07. 
  8. ^ a b Beakes, G. W. & Thines, M. (2017). “Hyphochytriomycota and Oomycota”. In Archibald, J. M., Simpson, A. G. B. & Slamovits, C. H.. Handbook of the Protists. Springer. pp. 435-505. ISBN 978-3319281476 
  9. ^ Van der Plaats-Niterink, A. J. (1981). Studies in Mycology No. 21. Monograph of the genus Pythium. Centraalbureau voor Schimmelcultures. p. 2 
  10. ^ 東條元昭 (2011). “ピシウム菌の分離のコツ”. 植物防疫 65 (2): 107-108. 
  11. ^ a b 渕上哲 (2016). “あかぐされ病菌遊走子の定量検出技術の開発”. 福岡県水産海洋技術センター研究報告 26: 93-96. 
  12. ^ a b 三浦正之, 畑井喜司雄, 東條元昭, 和田新平, 小林咲麗 & 岡崎巧 (2010). “アユ仔魚に発生した Pythium flevoense による内臓真菌症”. 魚病研究 45 (1): 24-30. 
  13. ^ a b 獣医皮膚科用語集”. 日本獣医皮膚科学会. 2023年10月5日閲覧。
  14. ^ a b 日本獣医学会疾患名用語集”. 日本獣医学会. 2023年10月13日閲覧。
  15. ^ Gaastra, W., Lipman, L. J., De Cock, A. W., Exel, T. K., Pegge, R. B., Scheurwater, J., ... & Mendoza, L. (2010). “Pythium insidiosum: an overview”. Veterinary Microbiology 146 (1-2): 1-16. doi:10.1016/j.vetmic.2010.07.019. 
  16. ^ Yolanda, H. & Krajaejun, T. (2022). “Global distribution and clinical features of pythiosis in humans and animals”. Journal of Fungi 8 (2): 182. doi:10.3390/jof8020182. 
  17. ^ a b 東條元昭 (2011). “ピシウム菌の病原菌としての特徴”. 植物防疫 65 (2): 71-76. 
  18. ^ 埋橋志穂美 (2011). “分子系統に基づく Pythium 属の新分類システム”. 植物防疫 65 (10): 587-592. 
  19. ^ 日本植物病名データベース”. 農業生物資源ジーンバンク. 2023年9月12日閲覧。
  20. ^ Levesque, C. A. & De Cock, A. W. (2004). “Molecular phylogeny and taxonomy of the genus Pythium”. Mycological Research 108 (12): 1363-1383. doi:10.1017/S0953756204001431. 
  21. ^ a b Uzuhashi, S., Kakishima, M. & Tojo, M. (2010). “Phylogeny of the genus Pythium and description of new genera”. Mycoscience 51 (5): 337-365. doi:10.1007/S10267-010-0046-7. 
  22. ^ Beakes, G. W., Honda, D. & Thines, M. (2014). “Systematics of the Straminipila: Labyrinthulomycota, Hyphochytriomycota, and Oomycota”. In McLaughlin, D. J. & Spatafora, J. W.. THE MYCOTA, volume 7A. Systematics and Evolution Part A. Springer. pp. 39-97. doi:10.1007/978-3-642-55318-9_3 


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