ドラマツルギー (社会学) ドラマツルギー (社会学)の概要

ドラマツルギー (社会学)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/08/29 10:05 UTC 版)

Jump to navigation Jump to search

概要

この観察法は1959年の自著である『日常生活における自己呈示』 ("The Presentation of Self in Everyday Life") の中で関連した専門用語とアイデアの大部分を発展させたものである。

後にゴッフマンがその影響[1]を認めたケネス・バーク (Kenneth Burke) は、早くも1945年にはシェイクスピアからヒントを得てドラマ的方法 (dramatism) という概念を提出していた。

ドラマツルギーの社会学において、人の行動は、時間・場所およびオーディエンス[注釈 1]に依存しているとされる。言い換えれば、ゴッフマンにとって自己とは、自分が誰であるかの感覚である。そしてそれは演じられている場面の瞬間から現れるドラマチックな効果なのである[2]

文化的な価値やノルマおよび期待に基づいて人間が自身と別のものを演じる方法を定義する上で、ゴッフマンはこれを演劇的な喩えとしてまとめている。

パフォーマンスは支離滅裂になる可能性もあるけれども(演者はその様なことに気付いてはいるが)、その多くは成功している。演者の目標は慎重に導かれたパフォーマンス(訳注1) を通じてオーディエンスから受け容れられることである。もしうまくいけば、オーディエンスは演者の見て欲しい姿を見ることになるだろう[3]

ドラマツルギーのパースペクティブ

ドラマツルギーのパースペクティブ(演劇的観察法)とは、人間の行動の原因ではなく行動の文脈を調査するもので、他の社会学の理論から分かれたいくつかの社会学の方法論の中の1つである。

ゴッフマンはその多くの論稿の中で、人間が本当にあるはずのものを発見できないだけでなく、その本性において気まぐれであることをも強調している。準拠枠分析において[4]、「重要なことは、人が担う役割の背後で彼がどの様な種類の人間であるかについて、それらの役割を演じることを通して具備されるその意識である」と彼は記述している (p.298)。

個人のアイデンティティが演者とオーディエンスの間で役割と合意を通じて演じられる場で、ドラマツルギーのパースペクティブは社会学的観察法に対する(=最後に頼れるもの)と見なすことができる。

社会的状況を定義付けている一般了解への、この依存が理由で、再定義がなされない相互作用はいかなるものでも具体的な意味が全く存在しないと、このパースペクティブでは主張される。

ドラマツルギーは、相互作用の主要な構成要素として表現性に重きを置く。それは「人間の相互作用における完全に両面的な観察」と呼ばれる。

ドラマツルギーの理論は、人間のアイデンティティが安定的かつ独立的な心理学的実体ではないことを提起するものである。すなわち人が他者と対話する時には、アイデンティティが常に再構成される。

ドラマツルギーのモデルの中で、それが劇場公演の一部であるかのように、社会的相互作用は分析される。人々は、パフォーマンスを通して彼らの個人的な特徴と彼らの意図を他人に伝えなければならない俳優である。ステージ上のように、特定の印象を他者に与えるために、人々は日常生活において舞台装置、服装、言葉、および非言語行動を支配する。オーディエンスが誰もいない時に、人々は「舞台裏」行動に従事する。例えば、レストランの給仕人は、顧客の前で一定の仕方で振る舞っているようであるが、キッチンではもっとずっとカジュアルなのかもしれない。顧客の前で見苦しくみえるようなことを彼らがキッチンでするということもありうることである。

他者との相互作用の前に、人は個人が成りたいと思う典型的な役割または印象のほかにも、もう一つ別にそれを準備する。劇場ではこれらの役割は「役柄破り」 ("Breaking Character") と呼ばれるものに属し、それを見ることを想定していない何者かによってパフォーマンスが遮られてしまう舞台裏では、都合の悪い邪魔が起こるかもしれない。

さらに、パフォーマンスのとるべき筋道を決めるにあたって、オーディエンスの方もいくつかの個人的パフォーマンスのために一定の役回りをどのように演じるのかという様々な手本がある(つまり、たとえ誰かが話す時につまずいたり暴言を吐くようなことをしても、そんな想定外な多くのパフォーマンスの欠陥を、我々はいかに典型的に無視しているのかというような)。

ゴッフマンは、彼の著作の『日常生活における自己呈示』で、社会心理学と社会学の用語中に「ドラマツルギー」を初めて導入した。この本は、俳優が役柄を描写するのと類似した方法で私達が日常生活でパフォーマンスに従事している多くの相互作用について探究している。

パフォーマンス

ゴッフマンは、パフォーマンスについて7つの重要な要素を挙げている。

  1. 信頼 (Belief): たとえそれが他人によって判断できなくても、人が演じている役目についての信頼は重要である。オーディエンスは、パフォーマーが誠実であるかシニカルであるかどうかを推察しようとすることがただ出来るだけである[5]
  2. 外面または「マスク」 (The Front or 'The Mask'): オーディエンスが気付いているパフォーマーの態度を制御するためのテクニック[5]
  3. 劇的表現 (Dramatic Realization): その人がオーディエンスに知ってほしいパフォーマーの様子の描写である。パフォーマーが、何かを強調したい時に、その人は劇的具象化を続けるであろう[5](「劇的表現」 → 参考文献2の邦訳者・石黒 毅は「劇的具象化」を訳語に充てている。)
  4. 理想化 (Idealization): 混乱(誤伝)を避けて、他の要素(外面、劇的表出)を強化するために、パフォーマンスはしばしば状況についての理想化された見方を呈示する。オーディエンスは、与えられた状況(パフォーマンス)が当然に見えてくるような「アイデア」 ('Idea') をしばしば持っている。そのアイデアに従って、パフォーマーはパフォーマンスを実行しようとするものなのだ。
  5. 表出制御の保持 (Maintenance of Expressive Control): 「役柄の中に」留まる必要性を言う。パフォーマーは、正しいシグナルを送ることを確かめて、パフォーマンスを損なうような誤解の素を運び込むような俄かな衝動を静める必要がある[5]
  6. 誤伝 (Misrepresentation): 間違ったメッセージを伝える危険を言う。オーディエンスは、パフォーマンスを本物かはたまた間違いかと考える傾向があり、パフォーマーは一般に、オーディエンスに(本当に本物であるかどうかの)疑いを持たせないことを望んでいる[5]
  7. 詐欺 (Deception): 利用者(パフォーマンスの利用者)へのオーディエンスの興味を増大させるためか、またはパフォーマーを傷つけるかもしれない情報を漏らすのを避けるためかにかかわらず、詐欺はオーディエンスから一定の情報を隠蔽することをいう[5]

  1. ^ "Performance"と"Audience"については、それぞれ「演技」・「観客」の訳語もあるが、前掲文献の「あとがき」(312 - 313頁)での石黒毅の方針(例えば「パフォーマンス」について、「自然主義的視角からは、道具的側面と表出的側面をもつとされ両成素は分析的に分離されない」ことにより邦訳できないという)に準拠して特に和訳せず、「パフォーマンス」・「オーディエンス」とした。
  2. ^ 「リミナリティ」はヴィクター・ターナーによれば、アルノール・ファン・ヘネップの通過儀礼の3段階構造の研究に見出した、「2つの位相の間の過渡的な状態」を指す概念または専門用語(cf. → en:Liminality)。
  3. ^ 「社会の中の部分であるかないか」 (to be a part or not …… in a society) という問題関心は、社会が「地下茎の複合」 (a rhizomatic conglomerate) であるという見方と等値であるとし、むしろ境界コントロールにこそゴッフマンの中心的問題関心があるという意味である。
  1. ^ Mitchell, J. N. (1978). Social Exchange, Dramaturgy and Ethnomethodology: Toward a Paradigmatic Synthesis. New York: Elsevier.
  2. ^ a b George Ritzer (2007) Contemporary Sociological Theory and Its Classical Roots: The Basics. New York, New York. McGraw-Hill.
  3. ^ Adler, P.; Adler, P.; Fontana, Andrea (1987). “Everyday Life Sociology”. Ann Rev Sociol 13: 217–35. doi:10.1146/annurev.so.13.080187.001245. 
  4. ^ Goffman, E. (1974). Frame analysis: An essay on the organization of experience. Cambridge, MA: Harvard University
  5. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z Goffman: The Presentation of Self in Everyday Life - an analysis Archived 2007年5月20日, at the Wayback Machine.. Last accessed on 25 February 2007.
  6. ^ (2001) Contemporary Sociological Theory New York, New York. Peter Lang Publishing Inc.
  7. ^ Welsh, J. (1990) Dramaturgical Analysis and Societal Critique Piscataway, New Jersey. Transaction Publishers.
  8. ^ Benford, S.; Hunt, S. (1992). “Dramaturgy and Social Movements: The Social Construction and Communication of Power”. Sociological Inquiry 2: 1. 


「ドラマツルギー (社会学)」の続きの解説一覧



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「ドラマツルギー (社会学)」の関連用語

ドラマツルギー (社会学)のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



ドラマツルギー (社会学)のページの著作権
Weblio 辞書情報提供元は参加元一覧にて確認できます。

  
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのドラマツルギー (社会学) (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2021 GRAS Group, Inc.RSS