アイヒヴァルト アイヒヴァルトの概要

アイヒヴァルト

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/07/26 13:29 UTC 版)

紋章 地図
(郡の位置)
基本情報
連邦州: バーデン=ヴュルテンベルク州
行政管区: シュトゥットガルト行政管区
郡: エスリンゲン郡
緯度経度: 北緯48度45分29秒 東経09度22分49秒 / 北緯48.75806度 東経9.38028度 / 48.75806; 9.38028座標: 北緯48度45分29秒 東経09度22分49秒 / 北緯48.75806度 東経9.38028度 / 48.75806; 9.38028
標高: 海抜 450 m
面積: 14.67 km2
人口:
人口密度: 518 人/km2
郵便番号: 73773
市外局番: 0711
ナンバープレート: ES, NT
自治体コード:

08 1 16 076

行政庁舎の住所: Seestraße 8
73773 Aichwald
ウェブサイト: www.gemeinde-aichwald.de
首長: アンドレアス・ヤロリム (Andreas Jarolim)
郡内の位置
地図

アイヒヴァルト (ドイツ語: Aichwald) はドイツ連邦共和国バーデン=ヴュルテンベルク州シュトゥットガルト行政管区エスリンゲン郡に属す町村(以下、本項では便宜上「町」と記述する)である。郡庁所在地のエスリンゲン・アム・ネッカーから 10 km、シュトゥットガルトから 20 km の距離にある。この町はシュトゥットガルト地方ドイツ語版英語版(1992年まではミッテレラー・ネッカー地方)およびシュトゥットガルト大都市圏ドイツ語版英語版に属す。

地理

位置

アイヒヴァルトは、北のレムスタール、南のネッカータールおよびフィルスタールとの間のフォルデラー・シュールヴァルトのリアス高地に位置している。この町はエスリンゲン郡で最も北に位置する自治体である。アイヒェルベルク地区のヴァインシュタット=ボイテルスバッハ方面の入口が郡の最北端である。

アイヒヴァルトの町域は、1,468ヘクタールである。町域の約 45 % が農業に利用されているが、その多くは兼業農家である。

レムスタールに向かう南斜面に位置するアイヒェルベルク地区には約 13 ha でブドウが栽培されている。シュールヴァルトではイチゴラズベリー栽培が盛んなことも忘れてはならない。

各地点の海抜は以下の通りである。

  • クルムハルト水道塔 476 m
  • 最高地点: トーベンロート貯水層 480 m
  • 最低地点: ツォルターバッハ橋 285 m

森林面積は 617 ha である。

隣接する市町村

以下の市町村がアイヒヴァルトと境を接している。西から時計回りに列記する。ケルネン・イム・レムスタールヴァインシュタット(ともにレムス=ムル郡)、バルトマンスヴァイラーエスリンゲン・アム・ネッカー(ともにエスリンゲン郡)。

自治体の構成

アイヒヴァルトは、かつて独立していた町村アイヒェルベルク、アイヒシース、シャンバッハからなる。旧アイヒェルベルク町にはアイヒェルベルク村(2,258人)が属していた。旧アイヒシース町にはアイヒシース村(1,608人)と小集落クルムハルト(754人)および廃村となったエグリスヴァイラーが属していた。旧シャンバッハ町にはシャンバッハ村(2,807人)とローベンロート集落(221人)が属していた[2]。以上、カッコ内の人口は2021年2月28日現在の数値である[3]

土地利用

2020年現在のこの町の用途別土地面積および占有率は以下の通りである[4]

用途 面積 (ha) 占有率 (%)
住宅用地 118 8.1
商工業用地 23 1.5
レジャー用地 29 2.0
交通用地 81 5.5
農業用地 548 37.3
森林 646 44.0
水域 3 0.2
その他 19 1.3
合計 1,467 100.0

歴史

現在のアイヒヴァルトの町域は、中世盛期にはシュヴァーベン公領の一部であった。

アイヒェルベルク(1685年)

アイヒェルベルク

アイヒェルベルクの地名は、末尾に -berg がついていることから、遅くとも9世紀に集落が建設されていたことを示している。この集落はおそらく、最初はヴァイプリンゲン王領に属していたと考えられる。14世紀から トルフゼッセ・フォン・シュテッテン家が、エルヴァンゲン修道院ドイツ語版英語版からレーエンとして与えられた重罪および下級裁判権によってこの集落を統治した。この領主家の拠点となったのはレムスタールのシュテッテン城であった。1507年から1603年までこの村はトゥンプ・フォン・ノイエンブルク領主家の支配下にあった。ヴュルテンベルクの宮廷役人であったコンラート・トゥンプが前任者のディートリヒ・フォン・ヴァイラーからレーエンを引き継いだのであった。1532年にハンス・コンラート・トゥンプ・フォン・ノイエンブルクがその支配地域で宗教改革を行い、アイヒェルベルクもこれ以後福音主義の村となった。1663年から1803年までこの村はアルフドルフに拠点を置くホルツ男爵家の支配下に置かれた。エルヴァンゲン修道院領主の世俗化後アイヒェルベルクのレーエンは1803年にヴュルテンベルク公のものとなり、1806年にオーバーアムト・ショルンドルフに編入された。

アイヒシース(1685年)

アイヒシース

アイヒシース地区の教会は、1275年に初めて記録されている。最初は Ainschiez と表記されていた。これは2つの谷の間に「突き出した (einschießenden)」山の鞍部の上の開墾地にある村を意味していた。17世紀にはすでに Eichschies と呼ばれていた。中世後期の初めにはデュルナー・フォン・デュルナウ・バイ・シュナイト家が領主権を有していた。この領主権は婚姻によって1340年頃にショルンドルフのハインリヒ・ロールベックに移された。さらにこの領主権は1366年にシュナイトと交換でヴュルテンベルク伯ウルリヒ2世ドイツ語版英語版のものとなった。アイヒシースはヴュルテンベルクのアムト・ショルンドルフに属した。南ドイツ都市戦争でアイヒシース集落は、ヴュルテンベルクと帝国都市エスリンゲンとの戦いで1449年9月11日にエスリンゲンの兵士によって焼き討ちされた。1514年にはアイヒシースの村人がウルリヒ公に対する「貧しいコンラートドイツ語版英語版」の蜂起に参加した。ヴュルテンベルクと帝国都市ロイトリンゲンとの戦争でアイヒシースは再び隣の帝国都市エスリンゲンの標的とされ、村の司祭館が焼き払われた。ウルリヒ公は1534年にヴュルテンベルクで(したがってアイヒシースでも)宗教改革を行った。1633年に学校が、1710年に独自の校舎も言及されている。アイヒシースは1842年までオーバーアムト・ショルンドルフに属し、それ以後はオーバーアムト・エスリンゲンに属した。

シャンバッハ(1685年)

シャンバッハ

13世紀から14世紀にっはシャンバッハ家がテック公からのレーエンとしてこの村を治めた。シャンバッハ領主家は同名の城を本拠としたが、この城は15世紀にはすでに取り壊された。遅くとも15世紀には、トルフゼッセ・フォン・シュテッテン家がヴュルテンベルクからレーエンとして与えられて領主となった。ヴュルテンベルク家は1452年に領主権の一部を取り戻した。残りの部分は1504年までトルフゼッセ・フォン・シュテッテン家が統治し、1504年から1507年まではディートリヒ・フォン・ヴァイラーがこれを引き継いだ。その後アイヒェルベルクと同様にトゥンプ・フォン・ノイエンブルク家がこれを治めた。1514年、数人のシャンバッハ住民が「貧しいコンラート」蜂起に参加した。三十年戦争でシャンバッハは住民の2/3を失った。戦争前この村には約300人が住んでいたが、戦後は約100人になっていた。1666年以降この村は完全にヴュルテンベルク公領の一部となり、クルムハルトの行政機関およびシュールヴァルト裁判所に属した。主な収入源は何世紀もの間三圃式農業畜産林業であった。ヴュルテンベルク王国建国後シャンバッハは1806年から1808年までオーバーアムト・エスリンゲンに、その後1808年から1923年までオーバーアムト・カンシュタットに属し、その後再びオーバーアムト・エスリンゲンに戻された。

20世紀の発展

アイヒヴァルトの住民は工業化の始まりから次第に、ネッカータールやレムスタールの工場に行くようになった。ナチ時代のヴュルテンベルクにおける行政改革により、1938年に現在アイヒヴァルトを形成する集落がエスリンゲン郡に移管された。第二次世界大戦は、1945年4月21日から22日にかけての夜間にアメリカ軍が侵攻してきて、終結した。この時戦闘は行われなかったので人も建物も損傷を免れた。この村はアメリカ管理地区ドイツ語版の一部となり、新設されたヴュルテンベルク=バーデン州ドイツ語版英語版に属した。この州は1952年からは現在のバーデン=ヴュルテンベルク州となった。

町村合併

バーデン=ヴュルテンベルク州の自治体再編に伴い、1974年1月1日に、それまで独立した町村であったアイヒェルベルク、アイヒシース(クルムハルトを含む)、シャンバッハ(ローベンロートを含む)が合併して新たな自治体アイヒヴァルトが形成された[5]。行政機関の本部はシャンバッハに置かれた。


  1. ^ Statistisches Landesamt Baden-Württemberg – Bevölkerung nach Nationalität und Geschlecht am 31. Dezember 2021 (CSV-Datei)
  2. ^ Landesarchivdirektion Baden-Württemberg, ed (1978). Das Land Baden-Württemberg, Band III: Regierungsbezirk Stuttgart – Regionalverband Mittlerer Neckar. Stuttgart: Kohlhammer. pp. 161-164. ISBN 978-3-17-004758-7 
  3. ^ Zahlen, Daten, Fakten - Aichwald”. 2022年5月31日閲覧。
  4. ^ Fläche seit 1996 nach tatsächlicher Nutzung”. Baden-Württemberg Statistisches Landesamt. 2022年6月1日閲覧。
  5. ^ Statistisches Bundesamt, ed (1983). Historisches Gemeindeverzeichnis für die Bundesrepublik Deutschland. Namens-, Grenz- und Schlüsselnummernänderungen bei Gemeinden, Kreisen und Regierungsbezirken vom 27.5.1970 bis 31.12.1982. Stuttgart/Mainz: W. Kohlhammer. p. 460. ISBN 978-3-17-003263-7 
  6. ^ Gemeinderatswahlen 2019 - Aichwald”. 2022年6月1日閲覧。
  7. ^ “Die Bürgermeisterwahl in Aichwald ist entschieden - Fulminanter Sieg für Jarolim in Aichwald”, Stuttgarter Zeitung, (2019-03-17), https://www.stuttgarter-zeitung.de/inhalt.die-buergermeisterwahl-in-aichwald-ist-entschieden-fulminanter-sieg-fuer-jarolim-in-aichwald.7329fe8a-0541-43ee-a319-41d1fb224373.html 
  8. ^ Aichwald - Heraldry of the World”. 2022年6月1日閲覧。
  9. ^ BürgerBus Aichwald”. 2022年6月1日閲覧。
  10. ^ Fünf Orte - eine Gemeinde”. Evangelische Kirchengemeinde Aichwald. 2022年6月1日閲覧。
  11. ^ Hermann Proß (2002). Ev. Kirchengemeinde Aichwald. ed. Unsere Schanbacher Kirche. Aichwald-Schanbach 
  12. ^ Hermann Proß (2011), “Das Schanbacher Kirchenfenster”, Gemeindebrief Sommer 2011 (Aichwald-Schanbach: Ev. Kirchengemeinde Schanbach) 
  13. ^ Markus Hörsch (1997). Die evangelische Pfarrkirche St. Gereon und Margaretha in Aichschieß (Gde. Aichwald). Eine Dorfkirche auf dem Schurwald und ihre mittelalterlichen Wandmalereien. Remshalden-Buoch 
  14. ^ Markus Hörsch (2000). “Neue Glasmalereien in einer Dorfkirche - die Aichschießer Fenster von Renate Gross”. In Ev. Kirchengemeinde Aichschieß-Krummhardt. Die Glasmalereien von Renate Gross in der Ev. Pfarrkirche St. Gereon und Margaretha Aichschiess. Aichwald-Aichschieß / Bamberg. pp. 9–50 


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