Crossover thrash時代(1987-1996)
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「D.R.I.」の記事における「Crossover thrash時代(1987-1996)」の解説
1987年彼らは3rdアルバムで代表作となる「Crossover」をリリース。このアルバムは前アルバムよりさらに強力なメタルサウンドを前面に押し出した曲が多くなり、曲構成もより複雑なものとなった。このアルバムによりハードコア・パンクとスラッシュメタルの融合という新たな音楽スタイルの確立に成功した彼らがCrossoverムーブメントの立役者となった。また、ライブに来る客層が拡大し、スキンヘッドのパンクスのみならず、新たにメタル・ファンまでも獲得することになった。その後ツアーに出て同年にはライブ映像も制作している。 ツアー後スタジオに戻ったD.R.I.は1988年2月、4thアルバム「Four Of A Kind」をリリースする。このアルバムも前作の流れを汲んだ形となっている。 ヨーロッパのツアーを続けていた彼らだったが、一旦アメリカに戻った際にボストンのハードコアパンクバンドギャング・グリーンから誘いを受けていたJosh Pappeが脱退し、John Menorに交代することとなった。 1989年バンドは5枚目のアルバムとなる「Thrash Zone」をリリース。まさにその名の通りのスラッシュメタルの要素が多く含まれるアルバムとなっている。なおその後、ドラマーのFelix Griffinが脱退したため現メンバーのRob Rampyに代わっている。 前アルバムからバンドとしては最長の期間の3年を置いて1992年には6thアルバム「Definition」をリリースすると、テスタメントのオープニングアクトを務めたツアーのあとには、単独ツアーも敢行。来日公演も実現させている。そのツアー中にはHollywood Palladiumでもライブを行い、1994年にはその模様を記録した初のライブアルバム「Live」もリリースされている。 ツアー後にまたしてもベーシストのJohn Menorが脱退してしまうが、バンドはChumly Porterを加入し1995年には7thアルバム「Full Speed Ahead」をリリース。2008年現時点ではこれが最後のオリジナルアルバムとなっている。
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