Bloc Partyとは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > Bloc Partyの意味・解説 

ブロック・パーティ

(Bloc Party から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/06/28 19:01 UTC 版)

ブロック・パーティー
Bloc Party
ブロック・パーティー(2019年)
基本情報
出身地 イングランド ロンドン
ジャンル インディー・ロックポストパンク・リバイバルオルタナティヴ・ダンスダンス・パンクポスト・ブリットポップオルタナティヴ・ロックアート・パンク
活動期間 2003年 -
レーベル ウィチタ・レコーディングス、Vice Records、アトランティック・レコードフレンチキス・レコーズ
公式サイト blocparty.com
メンバー ケリー・オケレケ
ラッセル・リサック
ルイーズ・バートル
ハリー・ディーコン
旧メンバー ゴードン・モークス
マット・トン
サラ・ジョーンズ
ジャスティン・ハリス
ダニエル・パグスレイ
テンプレートを表示

ブロック・パーティーBloc Party)は、イギリスロックバンド2003年結成。

概要

ロンドンの学生アート・ロック・シーン出身のロック・バンド。ギター・ロックにパンクテクノダンス・ミュージックなどの要素を組み込み、性急で複雑なドラムラインに乗せた、知的で洗練された鋭角的なメロディーが特徴。しばしばポストパンク/ニュー・ウェイヴ・リバイバルの一翼と紹介される。

バンド名に特に意味はないが、アメリカの地方行事「Block Party」の語呂合わせで、語尾の「k」を取ることで「Eastern Bloc(Soviet Bloc=冷戦時の東側の意)」を思わせるとのこと。

来歴

1998年ケリー・オケレケとラッセル・リサックがロックフェスで偶然知り合い、意気投合する。2年後、ふたりが『NME』誌に出したメンバー募集の告知にゴードン・モークスが応募し加入。その後、知人を介してマット・トンも加わり、2002年に創設メンバーが揃った。

2003年、当時大型新人として頭角を現していたフランツ・フェルディナンドにデモテープを送り、前座に抜擢され、音楽活動を本格化する。そのころからイギリスの音楽誌上において注目を集める存在となり、2004年にメジャーデビュー。

日本では同年7月にデビュー・ミニ・アルバムを発売。8月にはSUMMER SONIC 04で初来日を果たした。

2005年初頭、ファースト・アルバム『サイレント・アラーム』を発表。同年の各国音楽各誌において軒並み高評価を得るとともに、ヨーロッパの実に9カ国でチャートの10位以内にランク・インするなど、人気・セールスともに成功を収めた。このころは1990年代のブリットポップ期の再来といわれる2000年代のバンドブームの一例の存在として、周囲からは認識されていた。

2007年、社会性を強く打ち出し、前作から大きく変貌をとげた意欲作のセカンド・アルバム『ア・ウィークエンド・イン・ザ・シティ』を発表。この作品によって、UKロックシーンにおいて泡沫バンドでないことを印象づけた。以降、U2レディオヘッドといった社会派バンドとしての評価を受けるようになる。

2012年3月、バンドは米フレンチキス・レコーズと契約し、コオペレイティヴ・ミュージックと北米、日本、東南アジアを除く全世界におけるパートナーシップを締結したことを発表した[1]。同年8月、約4年の休止期間を経て4枚目となるアルバム『フォー』をリリース。

2013年にマット・トンが、2015年3月にはゴードン・モークスが相次いで脱退。2015年8月19日、ジャスティン・ハリス(ベース)とルイーズ・バートル(ドラム)を加えた新ラインナップでの初ライブを行った[2]

2016年1月、新ラインナップとして初のアルバム『ヒムズ』をリリース。

2018年3月、『サイレント・アラーム』を全曲演奏するツアーを10月から行うことを発表[3]。当初は6公演のみの予定だったが、このツアーの成功に伴い、2019年にもツアーが行われた[4]

2021年11月、アルバム『Alpha Games』を、2022年4月にリリースすることを発表[5]

評価

かつて、オアシスのギャラガー兄弟が「アートスクールの学校祭バンド」と、一蹴したことがあったが、『ア・ウィークエンド・イン・ザ・シティ』を聴き、彼らは過去の否定的な考えを撤回した。特にリアムは、そのアルバムの最後の曲「SRXT」を聴いた後、「クッションに向かって15分間泣いた」とも告白している。

その他

  • セカンド・アルバム『ア・ウィークエンド・イン・ザ・シティ』収録の「Sunday」をプレイする際は、主にライブのアンコールで、ゴードンがマットと並んでツインドラムを演奏するのが定番であった。
  • ダンス・ミュージックに強い影響を受けている彼らは、自らもDJパフォーマンスを披露するのが大好きで、来日公演の際も、ライブ終了直後にもかかわらず、渋谷や原宿のクラブハウスにお忍びで現れて、4人ともDJプレイを楽しんだとのこと。

メンバー

  • ケリー・オケレケ (Kele Okereke、1981年10月13日 - ) - ボーカル、ギター、サンプラー、エレクトリックピアノ (1999年- ) ※両親はナイジェリア出身。作詞・作曲を担当。いとこは人種差別主義者に殺害されており、その経験を元にした曲も作られている。
  • ラッセル・リサック (Russell Lissack、1981年3月11日 - ) - ギター、プログラミング (1999年- ) ※特徴的な左右非対称の髪型をしており、「Blocstyle」と呼ばれている。有名になる前に、雑誌『メンズノンノ』のヘアースタイルのスナップで登場したことがある。
  • ルイーズ・バートル (Louise Bartle) - ドラム、パーカッション、バック・ボーカル (2015年- )
  • ハリー・ディーコン (Harry Deacon) - ベース、シンセサイザー、バック・ボーカル (2023年- )

旧メンバー

  • ゴードン・モークス (Gordon Moakes、1976年6月22日 - ) - ベース、バック・ボーカル、シンセサイザー、サンプラー、鉄琴、ドラム (2002年–2015年) ※自身のサイド・プロジェクト「Young Legionnaire」に専念するため脱退[6]
  • マット・トン (Matt Tong、1979年4月29日 - ) - ドラム、パーカッション、バック・ボーカル (2002年–2013年) ※中華系マレーシア人の父と、英国人の母を持つ。左利きだが、ドラムは右である。
  • サラ・ジョーンズ (Sarah Jones) - ドラム、パーカッション、バック・ボーカル (2013年) ※ツアー参加のみ
  • ジャスティン・ハリス (Justin Harris) - ベース、シンセサイザー、バック・ボーカル (2015年–2023年)
  • ダニエル・パグスレイ (Daniel Pugsley) - ベース、シンセサイザー、バック・ボーカル (2023年)

ディスコグラフィ

スタジオ・アルバム

  • 『サイレント・アラーム』 - Silent Alarm
2005年2月リリース 全英3位、全米112位
英『NME』誌2005年・年間アルバムランキング1位
  • 『ア・ウィークエンド・イン・ザ・シティ』 - A Weekend in the City
2007年1月日本先行発売 全英2位、全米12位
  • 『インティマシー』 - Intimacy
全英8位、全米18位
2008年8月21日先行デジタルリリース、同年10月21日フィジカルリリース(日本先行発売)
  • 『フォー』 - Four
2012年8月15日、日本先行発売 全英3位、全米36位
  • 『ヒムズ』 - Hymns
2016年1月29日、全英12位、全米198位
  • Alpha Games
2022年4月29日、全英7位

来日公演

  • 2004年8月7日、8日 SUMMER SONIC 04 
  • 2004年12月21日、22日 原宿Astro Hall・大阪club vision
  • 2005年5月4日、5日、7日、8日 日本ツアー 心斎橋・名古屋・渋谷クラブクアトロ
  • 2005年8月13日、14日 SUMMER SONIC 05 
  • 2006年11月2日 代官山UNIT
  • 2007年3月4~6日 日本ツアー 新木場スタジオコースト・クラブダイアモンド・なんばハッチ
  • 2007年8月11日、12日 SUMMER SONIC 07
  • 2008年7月25日 フジロックフェスティバル08[7]
  • 2012年6月23日、24日 Hostess Club Weekender 恵比寿ガーデンホール
  • 2013年1月27日、29日、30日 恵比寿ガーデンホール・名古屋クラブクアトロ・大阪 AKASO
  • 2015年11月23日、24日 Hostess Club Weekender 新木場スタジオコースト・大阪BIG CAT

脚注

外部リンク


衛星政党

(Bloc Party から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/02/05 09:39 UTC 版)

衛星政党(えいせいせいとう、英語: bloc party / satellite party)とは、ヘゲモニー政党制を採用している国家において、常に政権を独占する政党ヘゲモニー政党)以外で存在が合法化されている小政党のことである。

狭義の定義

ヘゲモニー政党による支配体制を支持し、特定の職種等一定限度の狭い利益を代表するが、ヘゲモニー政党に代わって政権を担おうとしない政党のことを指す。

狭義の例

現在の例

支配政党は中国共産党。一般的に「民主党派」と呼ばれる。

支配政党は朝鮮労働党

ウズベキスタン共産党が改組したウズベキスタン人民民主党を中心として、議会に議席を有するいずれの政党も政権を支持している。

支配政党はトルクメニスタン民主党

  • 農業党
  • 産業・企業家党

2012年の憲法改正でバアス党指導政党とする規定は削除されたが、議会に議席を有するバアス党以外の政党はかつての衛星政党のみである。

  • 国民進歩戦線英語版
    • アラブ社会主義運動
    • アラブ社会主義連合
    • シリア共産党
    • 社会民主連合
    • 社会主義者連合
    • 民主社会主義統一党
    • アラブ民主連合党
    • 国民誓約運動

過去の例

中華民国政府が「党禁」を維持していた1987年まで(支配政党は中国国民党

衛星政党が消滅する1988年まで(支配政党はベトナム共産党

1949年の建国から1989年の民主化まで(支配政党はドイツ社会主義統一党

1948年から1990年までのチェコスロバキア共産党政権時代

ポーランド人民共和国時代(支配政党はポーランド統一労働者党

ブルガリア人民共和国時代(支配政党はブルガリア共産党

選挙敗北で野党に転落した2000年まで(支配政党は中道包括政党制度的革命党

1973年のスハルト政権による「政党・ゴルカル法」による政党の統合から、同政権が崩壊する1998年まで(支配勢力は「職能団体」であるゴルカル

広義の定義

ヘゲモニー政党制を採用していない国家でも、狭義の定義から転じて「特定の大政党と共同歩調を取ることで一定限度の狭い利益を代表する政党」を指す用語として使われている。該当する政党を揶揄する意味合いを持つ[1]

韓国では多用される言葉で、2020年韓国における事例では新しい選挙制度の無効化を狙って設立された新政党に対し同国メディアが「衛星政党」と呼称して非難する場面が見られた。日本では同種の意味では「ゆ党」が使われることが多いが、稀に使用されることがある[2]

広義の例

大日本帝国

翼賛体制(支配政党は大政翼賛会

日本国

自由民主党

ロシア連邦

プーチン政権(支配政党は統一ロシア

大韓民国

二大政党である未来統合党共に民主党が、2020年4月実施の第21代総選挙から導入される準連動比例代表制の抜け穴を狙って、比例での議席数を確保するために立党した[3][4]

なお、同時期に共に民主党の元関係者が開かれた民主党を結党しているが、こちらは共に民主党が結党の過程に関連しておらず、同党自身も共に民主党の衛星政党であることを否定している。だが、一部には衛星政党と見る向きもある[5]

国民の力(未来統合党)

共に民主党

脚注

出典




英和和英テキスト翻訳

英語⇒日本語日本語⇒英語

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「Bloc Party」の関連用語

Bloc Partyのお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



Bloc Partyのページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのブロック・パーティ (改訂履歴)、衛星政党 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2026 GRAS Group, Inc.RSS