55年体制とその後
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/16 15:58 UTC 版)
国会では、1955年(昭和30年)に結党された自由民主党(通称:自民党)が、一貫して最多の議席を占めていた。同年に統一された日本社会党(通称:社会党、現在の社会民主党)と共に、両政党が結党した西暦年の下2桁をとって「55年体制」と呼ばれる政治体制を形作った。この体制は、自民党が与党として党の総裁(党首)を国会で内閣総理大臣に指名し、同党議員の中から国務大臣を任命して内閣を組織し、社会党が野党として自民党と対立・協調しながら、国政を運営するものである。新自由クラブと連立政権を組んだ1983年(昭和58年)から1986年(昭和61年)までの一時期を除き、1993年(平成5年)までの約40年間、自民党の単独政権が続いた。
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