55年体制前半期における自由民主党内事情
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/10 03:37 UTC 版)
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初代自民党総裁は日本民主党の総裁であった党人鳩山一郎が務めたが、後継の石橋湛山が脳梗塞により退陣すると、官僚機構の扱いを心得ている商工省出身の岸信介や吉田学校の池田勇人・佐藤栄作ら官僚派がトップの座を占めるようになった。これに対して資金集めなどで党に貢献しているにもかかわらず総裁を輩出できない党人派の不平不満が高まり、中選挙区での保守票の争奪と相まって、党内では激しい派閥抗争が行われることとなった。
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