512S
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/30 09:06 UTC 版)
「フェラーリ・512S」の記事における「512S」の解説
1968年の国際メイクス選手権競技規定ではプロトタイプ・スポーツカー (当時グループ6) は第11クラス (2.5リットル (L) 超から3.0 Lまで)、生産公認を要するスポーツカー (当時グループ4) は第12クラス (3.0 L超から5.0 Lまで) にそれぞれクラスの上限が定められた。これにより前年までフェラーリが使っていた第12クラスのプロトタイプ・スポーツカー(330P4)は参加権を失った。またスポーツカーの公認を受けるために必要となる連続12月間内に50台を製造する能力もフェラーリにはななく、この年は不参加となった。しかし、1969年はスポーツカーの最低生産台数が25台に緩和され、ポルシェは急遽第12クラスのスポーツカーを開発して実戦投入した。この年のフェラーリは第11クラスのプロトタイプ・スポーツカー (312P) で参加していたが、ポルシェのこの動きに追随して、第12クラススポーツカーの512Sを開発して公認を受け、1970年より選手権にデビューさせた。なお、この年からスポーツカーはグループは4からグループ5に変更されている (グランドツーリングカーが2グループに分割され、スポーツカーより下位のグループが1つ増えたため)。 マウロ・フォルギエーリの指揮下、開発はわずか3ヶ月で行われた。シャシーは北米のカナディアン-アメリカン・チャレンジカップ (Can-Am) 参戦用に製造した612Pをベースとし、ボディはジャコモ・カリーリ設計のベルリネッタ(クーペ)とスパイダー(オープン)、高速サーキット用のロングテールが用意された。エンジンは612Pの6.2Lから5Lへサイズダウンし、550HP/8,500rpmを発生した。
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