香港国際カップ、武豊との初コンビ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/13 00:07 UTC 版)
「サイレンススズカ」の記事における「香港国際カップ、武豊との初コンビ」の解説
香港国際カップにおいて、当初陣営は前走と同様河内を鞍上に出走させようとしていたが、この日日本ではスプリンターズステークスが開催され、河内はお手馬のマサラッキが出走予定でそちらを優先したため、鞍上が空位となった。すると、「ジョッキーは騎乗依頼が来るのをじっと待つしかない」と言い続けていた自身のスタイルを崩し、同日開催される香港国際ボウルにおいてシンコウキングへの騎乗を予定していた武豊が自ら橋田に騎乗を直訴し、橋田も二つ返事で承諾したことで武との新コンビを組んでの出走となった。永井は武が鞍上を務めることが決まったこの時の心境について、「これまでずっと競馬を見てきて、武さんが馬への当たりが一番いいから、機会があったら乗ってくれないかなあとは思っていたんです」と振り返っている。 出走メンバーにはドバイのアヌスミラビリスや地元香港のオリエンタルエクスプレスらが名を連ねたが、サイレンススズカの強敵は香港のスマッシングパンプキン、イギリスのウィキシムと予想された。当日は8番人気での出走となり、スタートが切られると本馬以外のメンバーに逃げ馬がいなかったことから楽に先頭に立つと、徐々に後続との差を広げていった。1000mの通過タイムは58秒2を記録し、3馬身の差をつけて直線に入り、残り200m地点までは粘ったものの、100m地点でオリエンタルエクスプレスとアメリカのヴァルズプリンスに交わされ、勝ち馬のヴァルズプリンスからコンマ3秒離された5着に敗れた。 レース後、敗れはしたものの抑えるよりも逃げる戦法に手ごたえを得た武は橋田に対して「今日は負けたけれども、この馬には押さえない競馬が向いている」と進言し、そして武はサイレンススズカとのコンビ続行を熱望した。4歳時の最終的な成績は重賞の掲示板に1度載っただけの成績であったにも関わらず、境勝太郎元調教師は競馬雑誌『サラブレ』誌上で「あの馬は5歳の秋までくらいまでにはバリバリのGIホースになっていると思う。実はデビュー戦から気になっていた馬なんだ。これからがとても楽しみだね」と発言した。橋田は常々「この馬が本当に良くなるのは5歳になってから」と言い続けてきたが、5歳となったサイレンススズカの最大目標を天皇賞(秋)に定めた。
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