霊宝経の成立
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/03 15:00 UTC 版)
『霊宝経』は成立年代を異にするものからなっており、より複雑である。江南地域には五方(東西南北と中央)の神々に働きかける力を持つとされる「霊宝五符」というおふだを備えることによって災いを避けて不老長寿を得るという信仰があり、楊羲も「霊宝五符」を授かったという記録がある。ほか、4世紀末から5世紀にかけて、葛洪の子孫によって『度人経』をはじめとする経典の作成が試みられ、のちに「新経」が作られた。 『霊宝経』は漢訳仏典との関係が深く、輪廻転生や因果応報思想と一切衆生の救済という大乗思想が説かれるほか、儀式・戒律や経典の文体・語彙などさまざまな面で仏典と類似している。
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