評価・背景
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チャップリンの伝記を著した映画史家のデイヴィッド・ロビンソン(英語版)は、『幻燈会』を「セネット監修の一連の映画のなかでももっとも魅力的な小品」とし、「四コマ漫画のような簡潔さと緊張を備えている」と評する。これに対し、ノンフィクション作家で映画史家のテッド・オクダ(英語版)は、「『幻燈会』に特に面白い演出があるわけでもなく、過去作品と比べても著しく変化があるわけでもないが、ストーリーには倫理的進行が見られ、チャップリンの影響力が徐々にではあるが垣間見られる」とする。またオクダは、ゴードン・グリフィスが演じるところのおかみの息子には『キッド』(1921年)におけるジャッキー・クーガンのような愛くるしさではなく、『偽牧師』(1923年)でのディーン・リーズナー(英語版)や『ニューヨークの王様』(1957年)でのマイケル・チャップリン(英語版)のような「悪ガキ」然とした雰囲気が通じていると述べている。 なお、チャップリンがニコルズのメガホンのもとで演技をしたのは、この作品が最後となった。ヘンリー・レアマンに続いてニコルズとそりが合わないことを重く見たセネットは、相性が良いとみられていたメーベル・ノーマンドに監督をさせ、チャップリンをそのもとに送り込むことを決断する。
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評価・背景
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「夕立 (1914年の映画)」の記事における「評価・背景」の解説
「キーストン映画のなかでも最高にめまぐるしく、最高に荒っぽく、最高に不可解な作品」、チャップリンの伝記を著した映画史家のデイヴィッド・ロビンソン(英語版)は『夕立』について、以上のように評している。作品での演技そのものにしてもロビンソンは、チャップリンはおおむねキーストン調の演技をしてはいるものの、ところどころでキーストン調ではないギャグを見せていると指摘する。ロビンソンはさらに『夕立』は「コンメディア・デッラルテに近い」作品とも論じ、「キーストン映画」の一つとして『夕立』を見ればみるほど、そこに「キーストン映画」とは違う相貌を見て取ることができる。ロビンソンはそう結論付けている。 なお、チャップリンは映画デビュー作『成功争ひ』からスターリングが監督を務めた『泥棒を捕まえる人』を除く4作品でレアマンのメガホンのもとで演技をしたが、『成功争ひ』の時点で自分のギャグがレアマンに台無しにされたと思っていたチャップリンとレアマンとの相性は、少なくともマック・セネットの目からして「実りの少ない」ものに映ったようであり、レアマンとのコンビはこの『夕立』で終わることとなった。その後のレアマンは、ロスコー・アーバックルが起こした(と疑われた)強姦殺人事件の検察側最重要証人としてその名をとどめている。
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