親日家になった理由として伝わる逸話
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/20 04:44 UTC 版)
「アーレイ・バーク」の記事における「親日家になった理由として伝わる逸話」の解説
部下からかつての敵、ラバウル方面海軍最高司令官の草鹿中将が公職追放により、鉄道工事現場でツルハシを持って糊口を凌いでいるという話を耳にする。バークはこの時は「飢えさせておけ」と部下に答えてみたものの、同じ立場にあった軍人として居ても立ってもいられなくなり、匿名で食料を送る事にした。すると数日後、草鹿本人が怒鳴り込んで来た。「侮辱するな!アメリカ人の世話にはならない!」それだけ言って怒りながら出て行った草鹿にバークは好感を持った。自分が草鹿の立場だったら、同じ事をしたに違いないからである。 バークが後日改めて草鹿を他の海軍提督達と共に帝国ホテルの食事に招待した時、草鹿が一番英語が達者なのに驚いた。和んだ食事会の最後で草鹿が「親切なバーク氏と自分が任務を全うしなかった事に乾杯しよう。任務を全うしていたらバーク氏は死に、今日の美味しいステーキは食べられなかった」と言うと、バークも負けじと「私も任務を全うしなかった事に乾杯しよう。任務を全うしていたら草鹿氏は死に、今日の美味しいステーキは誰も食べられなかった」と答えた。 なお、東日本大震災におけるトモダチ作戦に従事した空母「ロナルド・レーガン」の艦長トム・バーク大佐は彼の孫に当たると日本のテレビ番組で放送されたが間違いである。正確にはファミリーネームが同じだけで血縁関係は無い。
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