萩原朔太郎『猫町』とつげ義春とは? わかりやすく解説

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萩原朔太郎『猫町』とつげ義春

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/01/13 15:34 UTC 版)

猫町紀行」の記事における「萩原朔太郎『猫町』とつげ義春」の解説

10代後半のつげが朔太郎の『猫町』を最初に読んだのは探偵小説雑誌の「宝石誌上であったため、朔太郎探偵小説家だと思いこんでいた。「宝石」は当時江戸川乱歩編集行っており、「宝石」がきっかけつげ義春文学を知る。当時誌上でつげは谷崎潤一郎の『小さな王国』、佐藤春夫の『オカアサン』、葉山嘉樹の『セメント樽の中の手紙』などに接した朔太郎詩人であることはその後知り、『青猫』、『月に吠える』の文庫本入手した失望する当時つげ義春には詩は理解できなかった。『猫町紀行』を書く2年ほど前に猫町』を読み直す機会があり、またある出版社から『猫町』の感想求められ原本コピー読んでいる。しかし私生活猫町どころではなく感想は何も思い浮かばなかったため、依頼断ったものの、いずれ漫画文章にするつもりでいた。 2度も道に迷ったのは、崖上を縦走する旧道存在気付かずに、崖下ばかりを徘徊していたからだとつげが気づいたのは、ずっと後になってからであった旧道は、上野原から一旦下り鶴川河原出て、そこから崖上に野田尻宿犬目宿続いていることに気付かなかったのである犬目宿という変わった地名は、古く目嶺(いぬめとうげ)によるもので、極めて高いところにあるの目のように遠望できるというところからきており、房総の海まで見えることもあったという。その後、つげは犬目宿先の猿橋あたりや大月、さらにその先笹子峠頂上へも赴いている。

※この「萩原朔太郎『猫町』とつげ義春」の解説は、「猫町紀行」の解説の一部です。
「萩原朔太郎『猫町』とつげ義春」を含む「猫町紀行」の記事については、「猫町紀行」の概要を参照ください。

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