第8、第9の哨戒 1944年10月 - 1945年3月
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「シャード (潜水艦)」の記事における「第8、第9の哨戒 1944年10月 - 1945年3月」の解説
10月25日、シャードは8回目の哨戒でレッドフィッシュ (USS Redfish, SS-395) およびスレッシャー (USS Thresher, SS-200) とともにウルフパックを構成し、台湾近海および東シナ海に向かった。11月2日にサイパン島に寄港の後、哨区に到着。11月17日未明には北緯24度10分 東経121度57分 / 北緯24.167度 東経121.950度 / 24.167; 121.950の地点で病院船を目撃、11月22日夜には北緯24度10分 東経122度21分 / 北緯24.167度 東経122.350度 / 24.167; 122.350の花蓮港沖で輸送船団を発見し、北緯24度16分 東経122度28分 / 北緯24.267度 東経122.467度 / 24.267; 122.467の地点に至り千鳥型水雷艇と思しき艦艇に対して魚雷を3本発射したが命中しなかった。11月26日にレッドフィッシュと合流してサイパン島に向かい、翌27日に到着。補給後、再び東シナ海で哨戒を行った。しかし、この哨戒では戦果がなかった。1945年1月5日、シャードは63日間の行動を終えて真珠湾に帰投。乗組員の休暇と修理が行われた。 1月31日、シャードは9回目の哨戒でピート (USS Peto, SS-265) およびスレッシャーとともにルソン海峡および南シナ海に向かった。2月12日にサイパン島で給油を行った後、哨区に到着。3月5日夜には敵の魚雷攻撃を受けて危機に陥った。3本の魚雷がシャードの艦首を横切ったが、被害はなかった。この哨戒でシャードは3月6日に北緯20度54分 東経112度41分 / 北緯20.900度 東経112.683度 / 20.900; 112.683の地点で輸送船団、3月8日に北緯19度27分 東経111度33分 / 北緯19.450度 東経111.550度 / 19.450; 111.550の地点で小型艦艇、3月12日に北緯20度09分 東経111度53分 / 北緯20.150度 東経111.883度 / 20.150; 111.883の地点で輸送船団をそれぞれ発見し、攻撃を試みたもののすべてが護衛艦によって阻止され、攻撃の機会は無かった。 3月30日、シャードは57日間の行動を終えてグアムアプラ港に帰投。艦長がドナルド・L・メロップ少佐(アナポリス1937年組)に代わった。
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