第8、第9の哨戒 1945年3月 - 7月
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「ポンポン (潜水艦)」の記事における「第8、第9の哨戒 1945年3月 - 7月」の解説
3月30日、ポンポンは8回目の哨戒で台湾方面に向かった。この哨戒では4月23日に病院船を発見し、5月2日には北緯26度15分 東経121度19分 / 北緯26.250度 東経121.317度 / 26.250; 121.317の地点でモーターサンパンを発見して5インチ砲、40ミリ機関砲および20ミリ機銃で攻撃したが、脅かしただけに終わった。また、106機の航空機と接触したほか、レイ (USS Ray, SS-271) から、日本軍に撃墜されてレイに救助されたPBM マリナーの乗員10名を託された。5月24日、ポンポンは52日間の行動を終えてグアムアプラ港に帰投した。 6月18日、ポンポンは9回目の哨戒でトラック諸島方面に向かった。この哨戒では救助任務が主で、航空機には一度しか出会わず、船には出会わなかった。7月22日、ポンポンは34日間の行動を終えてアプラ港に帰投した。その後、同島で8月15日の終戦を迎えた。
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