第六号海防艦
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/11/14 13:41 UTC 版)
第六号海防艦[注釈 2](だいろくごうかいぼうかん)は、日本海軍の海防艦。第二号型海防艦(丁型)の3番艦。太平洋戦争の終戦直前、輸送任務中に撃沈された。
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- ^ この数字は特修兵を含まない。
- ^ 本来の艦名表記は第六號海防艦。
- ^ 本艦の艤装員事務所の撤去日は明らかでない。
- ^ 第二海上護衛隊への編入日は昭和19年4月5日付 軍令部機密第051437番電『帝国海軍戦時編成ノ改定』による。海防艦顕彰会『海防艦戦記』p. 706では4月10日としているが、本艦の行動履歴と合致しない。
- ^ 特設運送船射水丸、海軍徴傭船廣順丸、門司丸。
- ^ 船団名不明。海軍徴傭船廣順丸、同明島丸。海防艦顕彰会『海防艦戦記』p. 736では「廣順丸船団」としている。
- ^ Masinloc。カナ表記はGoogle マップによる。
- ^ 第一海上護衛隊戦時日誌(昭和19年10月1日-31日)では出港時刻が不明。
- ^ 高雄出港日は第一海上護衛隊戦時日誌(昭和19年11月1日-30日)による。横須賀防備戦隊戦時日誌では11月3日としている。
- ^ 以後の横須賀防備戦隊編入中は、軍隊区分名から「海上護衛総部隊横須賀鎮守府海上護衛部隊」の記述を省き、「何々部隊」とだけ記述する。
- ^ 本艦が撃沈したとする該当艦はない。
- ^ 第4号海防艦が撃沈した潜水艦はスキャンプのみである。
- ^ 月刊シーパワー 1985年9月号p. 75では、本艦が1944年11月14日にアメリカ潜水艦ハリバットを損傷させた可能性を記しているが、横須賀防備戦隊戦時日誌では11月3日、第一海上護衛隊戦時日誌では11月6日に内地へ向け航行中であり、11月3日からマニラ行きタマ31C船団を護衛した事実や、あるいは11月14日にルソン海峡で爆雷戦をした事実は無い。
- ^ 世界の艦船『日本海軍護衛艦艇史』p. 40では、第6号海防艦を撃沈した潜水艦をAtyleとしているが、そのような名のアメリカ潜水艦は存在しない。
- 1 第六号海防艦とは
- 2 第六号海防艦の概要
- 3 脚注
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