称号の歴史
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ギリシア語: "Πατριάρχης"は、アブラハム、イサク、ヤコブといった旧約時代の族長を指していた。後のユダヤ人の間では、サンヘドリンのトップにこの称号があった。 キリスト教においては、初期には全ての主教に対する敬称の一つであったが、次第に他の主教より重要な教区の主教に大主教と同様により大きい敬意を表する敬称となっていき、さらには府主教の中でも重要な者への敬称になっていった。 しかしギリシア語: "Πατριάρχης"(パトリアルヒス、総主教)が正式の称号となったのは7世紀末になってからのことである。 たとえば451年に開催された第四全地公会議(カルケドン公会議)の条文上で、後代に総主教座となる主教座に対して使われた称号はエクザルフであり、"Πατριάρχης"(パトリアルヒス、総主教)は使われていない。 …若シ主敎或ハ敎衆其州ノ府主敎ニ對シテ不満ノ事アレバ大州ノ「エクザルフ」若クハ… — 第四聖全地公会規則第9条、『聖規則書』五五頁(正教会編集局、明治31年) Εἰ δὲ πρὸς τὸν τῆς αὐτῆς ἐπαρχίας μητροπολίτην, ἐπίσκοπος ἤ κληρικὸς ἀμφισβητοίη, καταλαμβανέτω τὸν ἔξαρχον τῆς διοικήσεως, ... — Κανόνες της Δ΄ Οικουμενικής Συνόδου - Περίληψη (Κανὼν θ’)、Δ΄ Οικουμενική Σύνοδος (κανόνες) - OrthodoxWiki 総主教(ギリシア語: "Πατριάρχης" パトリアルヒス)の称号が正式に認められたのは、692年のトゥルーリ公会議においてである。この時、ローマ、コンスタンディヌーポリ、アレクサンドリア、アンティオキア、イェルサリムの主教座が五大総主教区としての格付けを与えられた。ただし語彙「総主教」(ギリシア語: "Πατριάρχης" パトリアルヒス)は、五大総主教座が定められた条文には含まれておらず、別の条文に含まれている。 此の神に守護せらるる王城に集會せし一百五十八人(第二全地公會規則三條)及びハルキドンに集會せし六百三十人(第四全地公會規則二十八條)の諸聖父の定規を再興して議定すること左の如しコンスタンティノポリの寶座は舊ロマの寶座と同等の特典を有し敎會の事に就ては其次に位して尊崇せらる可し其次は大都アレキサンドリヤの寶座其次はアンティオヒヤの寶座其次はイエルサリム城の寶座たる可し。 — 第六聖全地公会(トゥルーリ公会)規則第36条、『聖規則書』九十頁(正教会編集局、明治31年) Ἀνανεούμενοι τὰ παρὰ τῶν ἑκατὸν πεντήκοντα ἁγίων Πατέρων, τῶν ἐν τῇ θεοφυλάκτῳ ταύτῃ καὶ βασιλίδι πόλει συνελθόντων, καὶ τῶν ἑξακοσίων τριάκοντα, τῶν ἐν Χαλκηδόνι συναθροισθέντων νομοθετηθέντα, ὁρίζομεν, ὥστε τὸν Κωνοταντινουπόλεως θρόνον τῶν ἴσων ἀπολαύειν πρεσβείων τοῦ τῆς πρεσβυτέρας Ῥώμης θρόνου, καὶ ἐν τοῖς ἐκκλησιαστικοῖς, ὡς ἐκεῖνον, μεγαλύνεσθαι πράγμασι, δεύτερον μετ' ἐκεῖνον ὑπάρχοντα, μεθ' ὃν ὁ τῆς Ἀλεξανδρέων μεγαλοπόλεως ἀριθμείσθω θρόνος, εἴτα ὁ Ἀντιοχείας, καὶ μετὰ τοῦτον, ὁ τῆς Ἱεροσολυμιτῶν πόλεως. — Κανὼν λς’: Περὶ προνομίων τοῦ τῆς Κωνσταντινουπόλεως.、Πενθέκτη Οικουμενική Σύνοδος (κανόνες) - OrthodoxWiki …及び此の神に救護せらるる王城の總主敎ゲンナディイ… — 第六聖全地公会(トゥルーリ公会)規則第2条、『聖規則書』七十頁(正教会編集局、明治31年) ...καὶ Γενναδίου Πατριάρχου γενομένου τῆς θεοφυλάκτου ταύτης καὶ βασιλίδος πόλεως... — Κανὼν β’:Τίνες οἱ δεκτοὶ κανόνες, καὶ περὶ τῶν διὰ Κλημέντος διαταγῶν.、Πενθέκτη Οικουμενική Σύνοδος (κανόνες) - OrthodoxWiki ほか、トゥルーリ公会規則においては、第7条にも「総主教」(ギリシア語: "Πατριάρχης" パトリアルヒス)という語彙が使われている。 五大総主教区のうち、西方教会に唯一存在したのは、後にローマ教皇となっていくローマ総主教座のみである。 東西教会の分裂以降、ローマ教皇は正教会の総主教には数えられない。
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