神奈川の名称の由来説
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/11/11 12:49 UTC 版)
神奈川の地名の由来は、帷子川(かたびらがわ)へ関東ローム層のなかの酸化した鉄分が流れだし 川をあかがね色に染めるからだといい「金川」と書くこともあるとする説もある。神奈川の名称は文永三年(一二六六)五月の鶴岡八幡宮文書に「神奈河郷」として史上にあらわれる。神奈河郷は東京湾に注ぐ帷子川の河口を中心に数十村で形成する湊の郷村であった。江戸時代には四〇カ村を含む地域名“神奈川”となり、東海道にそった集落が神奈川宿と定められ、水陸交通の要地となった。明治元年(一八六八)九月、明治政府は神奈川宿を中心に方一〇里の土地を管轄していた神奈川府を神奈川県と改称した。これが県名神奈川のはじまりだが、管下の土地は旧幕領であったため分散していた。明治五年二月、神奈川県は西は相模川、東は多摩川、北は多摩郡の地域を管下におさめ、 同九年五月伊豆国をのぞく足柄県を合併、同二十六年四月の三多摩分離まで最大の県域であった。(「神奈川県の歴史」 旧版より引用)
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