生きがいと宗教
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/05 10:09 UTC 版)
“宗教というものは現世において満たされない欲求を埋め合わすもので、代償と自己防衛の役割を果たしているものに過ぎない”、などと考えてしまう人が多くいるが、もし仮にそのようなものだとしたら、現実の苦悩の原因がとりのぞかれれば宗教は必要でなくなってしまうということになるが、実際はそうではない、と神谷は言う。 ゴードン・オールポートの著書に明快に書かれているように、宗教とは、人格に統一的な原理を与えるものであり、宗教とは、自我の成長の各段階において存在全体を意味づける前進的意図を用意するものである[要出典]。宗教が積極的な生きがいを人に与えうるとしたら、まさにこのような意味での宗教でなくてはならない、と神谷は述べる[要出典]。このような宗教は、単なる思想や理想の意味をこえて、人間の心の世界を内部から作りかえ、価値基準を変革し、もののみかたのみならず、見えかたまで変え、世界に対する意味づけまで変える、とする。また、多くの思想家や心理学者の言うように、宗教の果たしうるもっとも本質的な役割は、人格に新しい統合を与え、意味感、すなわち生きがい感を与えることであろう、とも述べる。
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