無通貨時代
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/27 14:52 UTC 版)
沖縄本島周辺では沖縄戦による甚大かつ壊滅的な被害と社会基盤の荒廃が原因で経済活動が完全に破壊されて消滅していたため、1945年4月以降のアメリカが占領した直後にはいずれの通貨も流通せず、アメリカ軍による無償の配給と物々交換による取引が行われていた(無通貨時代)。生き残った住民はアメリカ軍により収容所に収容されて食糧や衣類など必要最低限の物品の配給を受ける代わりに、アメリカ軍の雑役作業に駆り出されることとなり、アメリカ軍の政策により一切の金銭取引や企業活動が凍結された。これにより長年定着していた貨幣経済が完全に停止されて原始的とも言える物々交換を余儀なくされたが、これは近現代では極めて異例のことである。 当初アメリカ軍は、従前から流通していた日本円(旧円)と併用して占領後にB型軍票を補助的な法定通貨として発行する計画を進めており、事前に大量のB型軍票をアメリカ国内で製造して日本周辺に持ち込んでいた。1945年6月以降、慶良間諸島の座間味島においてB型軍票が実験的に使用されたものの、沖縄本島周辺では前述の通り実態として通貨が機能しない状況に陥っていたためこの時点では発行には至らなかった。 沖縄本島と比較すると戦争の被害が幾分小さかった八重山列島や久米島などその他の地域では貨幣経済が継続しており、日本円(旧円)やそれと等価の台湾銀行券・朝鮮銀行券と、その他に久米島紙幣などの地域通貨が若干流通していた。また八重山列島では従来から使用されていた日本円(旧円)に所定の印章を押印したもの以外は無効化する政策が取られるなど、地域ごとに異なる通貨政策が取られていた。
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