極真会館への大会参加
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/20 09:51 UTC 版)
芦原道場時代は中山猛夫、伊藤浩久、前田比良聖らが全日本大会に出場し、中山が第9回大会に於いて準優勝の成績をおさめている。正道館(当時)が発足した1980年(昭和55年)。芦原会館との混成メンバーで第12回全日本大会に出場、今西靖明が2日目まで勝ち残った。第13回大会では宮崎保明が当時の極真本部のエース、竹山晴友と対戦し、敗れたもののその善戦ぶりで注目を浴びた。 1990年には大山倍達の空手界の大同団結の呼びかけに応じ、多くの選手をエントリーした。正道会館の選手への厳しい判定が多い中、第9回全日本ウェイト制全日本大会にて角田信朗が他流派史上初(当時)の4位に入賞した。その後、格闘技プロモーターとして活躍しだした石井がアンディ・フグを空手ワールドカップ(実際には従来の全日本大会に数名の外国人を招聘しただけで各国で選抜戦は行われていない。優勝者にはカップでなくトロフィを贈与)に無断出場させたことが原因で極真会館から絶縁を言い渡される。 大山没後、極真会館の開放策で再び正道会館の選手が極真会館の大会に公式に参加が認められ、極真側からもK-1などのプロ興行に選手を送り込むことになった。 大会入賞者や世界大会代表も輩出。現在、極真会館(松井館長)の全日本大会へ参加している。 2015年9月、極真会館(館長・松井章圭)と友好団体となり、空手の社会的地位向上と、全空連が進める空手の五輪正式種目化を目指すことを表明した。
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