有力国の移り変わり
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/30 07:25 UTC 版)
「世界フィギュアスケート選手権」の記事における「有力国の移り変わり」の解説
最初にフィギュアスケート競技が盛んになったのはヨーロッパである。第2次世界大戦前にヨーロッパ地域以外で開催されたのはわずかに2回のみであり、好成績は主にノルウェー・ドイツ・スウェーデン・フィンランド・オーストリアといったヨーロッパ諸国の選手が挙げていた。 戦後、シングル、ペアにおいては1947年にバーバラ・アン・スコットが女子シングルで優勝して以来北米の2国・アメリカ・カナダの活躍がめざましい。1952年に始まったアイスダンスにおいては近年では北米から多くのメダリストを輩出しており、2011年には表彰台を独占した。 1990年代後半の数年間はロシアが女子シングルを除き優勝を独占し、席捲する勢いであった。 ISUジャッジングシステムが採用された2005年以降は頻繁に優勝者が交代し、また女子シングルとペアにおいてはアジア地域の選手が世界をリードするようになっている。 アジアからの優勝者は1989年女子シングルの伊藤みどりが最初である。ペア(2002年申雪・趙宏博組が初)、男子シングル(2010年髙橋大輔が初)でも優勝者を出しているが、アイスダンスでは2018年村元哉中・クリス・リードの11位が最高成績である。 アフリカ、オセアニア、南アメリカ地域からのメダリストは出ていない。
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