曲舞の謡い出し
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/01/23 15:25 UTC 版)
百ま山姥が、「よし足引の山姥が。山廻りするぞ苦しき。」という謡い出し(次第)から始まる曲舞を謡い始める。 シテ「春の夜(よ)の一時(ひととき)を千金(せんきん)に換(か)へじとは。花に清香(せいきょう)月に陰。是は願ひのたまさかに。行き逢ふ人の一曲(いっきょく)の。其ほどもあたら夜に。はやはや謡ひ給ふべし。ツレ〽げに此上はともかくも。いふに及ばぬ山中(やまなか)に。シテ「一声(いっせい)の山鳥(さんちょう)羽(は)をたたく。ツレ〽鼓は滝波。シテ〽袖は白妙。ツレ〽雪をめぐらす木(こ)の花の。シテ〽何はのことか。ツレ〽法(のり)ならぬ。地謡〽よし足引の山姥が。山廻りするぞ苦しき。 [山姥]花は香り、月はおぼろ月の春の夜の一時は、千金にも代えがたいという。そして願っていたように偶然出会った人の曲舞の一曲。そのように少しの時も惜しまれる夜に、早く早くお謡いください。[百ま山姥]確かに、この上はともかく言うまい。深い山の中に、[山姥]一声の山鳥(カッコウ)が羽ばたくように、一声(謡い出し)を謡う。[百ま山姥]滝波の音を鼓とし、[山姥]舞う袖は滝波の白。[百ま山姥]白い雪をいただく木の花(梅)。[山姥]木の花といえば、「難波のことか……」[百ま山姥]「……法ならぬ」(何事も仏法の外ではなく、遊び戯れの遊女の身まで救ってくださると聞いている)という歌があるが、――「よしあしびきの(善悪に迷い、足を引きずっている)山姥が、山めぐりするのが苦しいことだ。」
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